クレイ・フォーサイトが守りたかった秘密の話
※この記事にはSpoon.2Di vol.53およびFebri vol.57のインタビューバレがあります。
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(Febriはkindle版ならありそう…)
spoon.2Di vol.53 (カドカワムック 793)
Febri57で(Spoonでも指摘されていたことだが)言及されたクレイの情報操作について考えたい。クレイの情報操作とは、意図的にバーニッシュはミュータントだという誤情報を流したことを指す。
なるほどねと思いつつ、「何で?」が付きまとってくる。何でクレイはわざわざそんな情報を流す必要があったんだ?というわけでだ。
例えばクレイが劇場版ワンピースに出てきそうな典型的な独裁者系ラスボスならこんな疑問も浮かばない。現時点で社会を揺るがす脅威(完全制御できない発火衝動を抱えていることは事実なので)を実際以上に煽り立てることでヘイトの的とし、民衆の不満感情のはけ口にしたかった、ということなら全く疑問も浮かばない。が、クレイはそういう人間じゃないこととは誰もが知っている。
だってこの男、人類の99.9%以上を捨てて新天地へ逃げる気だったのだ。だとすれば、ぶっちゃけ捨て行く星の治世も捨て行く星での自分の支持率もそんなのどうでもいいだろう。そう、プロメポリスの司政官の座はクレイのゴールではない。ツールだ。誰もツールの繁栄と維持に腐心はしないと思うので。
ということで、なぜクレイがバーニッシュ=ミュータントという情報操作をする必要があったのかを考えていこう。
バーニッシュ=突然変異のミュータントであるときのクレイのメリットは何だ?
Febriのインタビューから、バーニッシュとは本来どんなものなのかを以下に記載し、この記事内でのバーニッシュの定義とする。
※実際「脚本家がどう意図していたのか?」というのはFebriの記事全文を通して読んで初めて実感できることである。なので当然であるがこれは「脚本家の発言」ではなく「脚本家へのインタビュー記事を私が読んでこうであろうと推測したこと」にすぎないと留意いただきたい。
①バーニッシュは普通の人間であり、ミュータント(=先天的に人類と異なる存在)でもなければ、人種・セクマイ(=先天的要素)と同列でもない
②例えるなら後天的に発症する感染症のようなもので、偶然プロメアに対して敏感な人がバーニッシュになる
上記2点がバーニッシュについての真実だとして、これをデウス博士は知っていたし彼の配下にいて世界の秘密を唯一告げられたクレイも当然知っていたわけだ。
クレイの情報操作の内容とは以下の通りだ
(ア)バーニッシュとは30年前突然「出現」した炎を操るミュータントである
(イ)バーニッシュが起こした大火災で世界は大打撃を受けた(≒世界同時大炎上はバーニッシュが起こした厄災のようなニュアンス≠少なくとも大規模パンデミックによる大型二次災害とは受け取れない言い回し)
(ウ)バーニッシュの出現から三十年経った今、地球のマグマが暴走している(≒地球のマグマの暴走すらバーニッシュが原因と受け取れるニュアンス)
この情報操作で得られた結果とは、おそらく「非バーニッシュの人間が向けるバーニッシュに対する悪感情の増加、自分たちとは異なる生き物(ひいては人外の化け物)という意識づけ」である。
そして恐ろしいのは、バーニッシュは実際は後天的な「病気」であって先天性がないことから(ただしプロメアとの共鳴のしやすさは遺伝するのかどうかは不明)、上記の思い込みを植えつけられた人間がそのままバーニッシュになってしまう。
なので、「自分は化け物ではない」と自信を持って言える人や、自分がバーニッシュであることにアイデンティティを見出したりいっそ自分をバーニッシュという選民だとプラス方向で認識できるパターンは少ないだろうということである。つまり、自分たちの境遇に対して強気で反抗できるものは少なく、大半が泣き寝入りや逃亡に寄ると思う。
※これについては、過去記事で触れている。
この環境からクレイが得たものは何だろう?「バーニッシュには何をしてもいい。なぜなら彼らは原罪を背負った化け物だから」という認識の流布は、一体何をもたらすのか?
少なくともフリーズフォースの発足に対して文句を言う人の数は相当減ったのではないかと私は思うのだ。端的に行って、燃料の確保が格段にやりやすくなったのである。
人じゃないバーニッシュをどう扱っても「人道」には反さないという環境づくり
映画視聴者の誰もが思ったことだと思うが、バーニングレスキューとフリーズフォースって職務内容がかぶり気味だ。
普通に考えれば消防の部署の中に対バーニッシュ火災部を作り、さらにその中で前衛(バーニッシュ戦闘メイン)・後衛(救助メイン)的に分割して、適材適所で人材を募集すればいい。わざわざフリーズフォースという全く別の組織を立てる必要がどうしてあるのか?というわけだ。しかも見るからにバーニングレスキューとフリーズフォースは連携が取れていない。おそらく全市民の中で一番攻撃的バーニッシュとの接触の機会が多そうなのがバーニングレスキューだっていうのに。
これは真意を理解すれば当然で、フリーズフォースとはパルナッソス計画における資材部だったのだ。全然別会社の全然違う部署の人たちなので、そりゃ連携も取れないし職場がかぶり気味でも統合するわけもない。が、これは本音も本音なのでそんなことをおおっぴらにはできない。
例えば、「バーニッシュとはプロメアとの高度共感がもたらす人体発火を伴う病気だ」と発表されたとする。そしてバーニッシュと非バーニッシュの接触でプロメアは感染せず、ただその人が持つ「バーニッシュとの共感度数」だけが因子であり、つまり無差別的に拡散する可能性は大きい。自分が明日バーニッシュになる可能性は大というわけだ。
この状況でバーニッシュを捕獲するフリーズフォースの発足が市民に許容されるかと言ったら、多分NOだと思う。インフルエンザの感染者を片っ端から逮捕するインフルエンザフォースが発足されると聞いたら私ならふざけんなとぶちぎれる。
少なくとも、マグマが暴走して余命いくばくもない地球から一刻も早く逃げなければならないクレイにとって、このバーニッシュ=誰でもかかり得る感染病という認識下で、効率良く「資材部」を立ち上げ資材を滞りなく不足なく調達することは困難だったはずだ。
しかも、プロメテックエンジンが完成したのは計画も大詰めの頃で、きっとフリーズフォースが発足した頃なんて絶賛実験中だっただろう。むしろ実験ネズミの大型仕入れが必要だから立ち上げたのではないかとさえ思う。
つまり、バーニッシュをあの謎の回転装置に入れてぶんぶん回す実験も、はたまたその前段階の生きた状態で体をいじくりまわす系の実験も、やることは山ほどあって人でも足りないし時間も足りない。だからあの人道も裸足で逃げ出す実験の担い手も必要だったわけだ。クレイは大丈夫なんだろうが、まあなかなか「この実験を成功させないと人類全部死んじゃうけれど、この実験がうまくいけば1万人だけ救えるから偶然病気にかかってしまっただけのバーニッシュを生きたまま解剖してよ」と言われて「ハイ!」と元気に言える人もいないだろう。「無理やりさらってきた病人を生きたまま何十人何百人と解剖して結局救えるのが一万人だけなら、もうみんなで死んだらいいじゃないですか?」となるではないか。
が、それがラットだったら?
「この実験を成功させないと人類全部死んじゃうけれど、この実験がうまくいけば1万人だけ救えるから、この生まれながらの原罪持ちのラットを使ってどうか人類を救うために尽力してよ。大丈夫。そもそもこいつらが好き勝手やらなきゃマグマの暴走だって起きなかった。払うべきツケを払わせるだけ。正当性はこっちにあるでしょ。ただそれでも覚悟は必要だからそれだけちょっと持ち寄ってくんない?」
相当印象が変わると思う。
だから、クレイは「バーニッッシュなんてこの世からいらない」「バーニッシュなんてどうなったっていい」と思われる空気を作る必要があった。それが情報操作の目的だったのだと思う。
情報操作はバーニッシュと手を組む選択肢を潰す諸刃の剣だ
唐突だが、デウス・エックス・マキナって何だったんだ?
あれはバーニッシュに苦痛を与えず、彼らがプロメアと共鳴することで異次元から引き出すエネルギーを用いて駆動するロボだ。映画を最後に見たときからだいぶ時間が立っていておぼろげだが、デウス・エックス・マキナがパルナッソス甲板に最初突っ込んでくるあたりでビアルが「こっちのプロメテックエンジンより出力が高い」的なことを言っていた気がする。(おぼろげなので違っていたらスルーで…)
パルナッソスが詰んでいるのが平バーニッシュで、デウス・エックス・マキナが詰んでいるのが神クラスバーニッシュ、もといリオという条件の違いもさることながら、やはり真のプロメテックエンジンの方が異次元からプロメアのエネルギーをこっちの次元に持ってくる効率が良いのでは?と思うのだ。
が、これでは真のプロメテックエンジンがすごいよねという話でどうしてデウス・エックス・マキナが存在するかの理由にはならない。
ガロとリオはデウス・エックス・マキナに乗り込みクレイのクレイザーXを下し、最終的にガロデリオンとしてプロメアの燃焼本能を「何も燃やさないまま」満たしてやることで地球を救った。この「何も燃やさないまま」ということを実現できたのがガロの火消し魂だった、というわけである。
でもこれは結果論である。結果論というか、デウス・エックス・マキナがあったらかそういう選択肢をガロとリオが取れたわけで、じゃあ本来デウス・エックス・マキナは何のためにあったんだ?という話なのだ。デウス博士のホビー趣味かもしれないが、そうでないならなぜあんなものが存在していたのだ?
これ、あながちガロとリオが選んだ使い方が「間違ってなかった」のでは?と最近思うのである。
つまりデウス・エックス・マキナとは、プロメア時空と現在時空を繋ぐ最も効率の良い変換装置兼集積装置で、最もプロメアとのシンクロ率の高いバーニッシュにこれに乗ってもらうことで本編終盤で起きていたのと同じことを実現しようとデウス博士も狙っていたのでは?という話だ。そのための装置としてデウス・エックス・マキナは存在し、ガロとリオは偶然にも「正しく」使えてしまった、という話だ。
このことを考えると、クレイの選んだ情報操作作戦は致命的だ。彼の作戦はバーニッシュとの協力の可能性を真っ先に摘むものだからだ。ガロとリオが垣根を超えてお互い手を取れたからよかったものの、普通ならクレイの情報操作作戦が始まった時点でこの選択肢はないものとなる。
不思議な話なのだ。というのも、クレイはデウス・エックス・マキナの存在を知っていた以上、真のプロメテックエンジンの構想も知っていたはずだからである。クレイの情報操作は彼が財団トップとしての地位を築き司政官として表に立ち出してからと思われるので、真のプロメテックエンジンの存在を知っていた上でそれを待てない(プロメテックエンジンを公表しない博士に任せられない)として彼を殺害し研究成果を奪って、情報操作という決断を下した時系列が可能性として高いと思う。
なので、クレイは真のプロメテックエンジンを用いた一万人以上を救う作戦(納期未定)を蹴った可能性が高い。本当に不思議なのだ。なぜなら彼自身がバーニッシュだからだ。彼がバーニッシュに虐げられただけの非バーニッシュなら、例えばガロのような立場の人間ならその決断もわかる。ようは自分を傷つけた生き物を仲間として認めることもできなければ信じることもできないという理屈だ。
でも何度も言おう、クレイはバーニッシュだ。某イベントのレポートをちらっと見た限り、ガロの家を燃やしたのは学生時代でデウスの元で研究するシーンは「仕事」なので、覚醒→研究の時系列で合っている。彼自身がバーニッシュで、しかも相当自制心が強いタイプの強力なバーニッシュなのだとしたら、むしろその可能性、つまり真のプロメテックエンジンにかけたって良かったと思う。クレイ・フォーサイトが人類救済に真剣な男であると思えば思うほど、どうして彼が真のプロメテックエンジンを信じられなかったのかがわからない。
真のプロメテックエンジンはバーニッシュ(=プロメア)にストレスをかけない分マグマの活性化スピードも落ちる。つまり時間が稼げる案だ。作中プロメテックエンジンが完成したのは大分後。時を同じくして(量産こそ体制がなくできていないが)真のプロメテックエンジンも実用レベルで出来上がっている。天才デウスが生きていて表に立って指揮ができていたなら間に合ったのではないかとさえ思う。つまりこっちの作戦の時間的リスクについても結果論かもしれないがプロメテックエンジンとトントンだと思うし、プロメテックエンジンで人類の半分が救えるならまだしも助けられても1万人なら全員救えそうな案に賭けたって悪くない。しかも1万人救える案は病人の体を爆速回転装置にぶち込んでエネルギーを死ぬまで搾り取る極悪機構の運用が前提だ。ありえないだろうそんなの。
それでもやっぱりクレイ・フォーサイトは真のプロメテックエンジンを選ばなかった。なぜだ?自分こそが救世主になりたかったから?そういう視点の考察は以前書いたので、今回は別視点で考えてみたい。
真のプロメテックエンジン案、つまり本編ラストの様な総バーニッシュ協力体制を用いた作戦を決行するためには誰かがバーニッシュとのパイプ役になる必要がある。本編ではガロがそれを担った。ガロがマッドバーニッシュのリーダーであり尋常でないプロメアシンクロを誇るリオと協力し、リオが仲間に呼びかけ協力を仰いだ。それを、ガロとリオ抜きで誰かがやらねばならない。うーん、誰だ?いや迷うまでもない。クレイだ。クレイがそれを担えばいい。クレイの素晴らしいところは、彼は作戦サイドに身を起きながらも同時にバーニッシュであるところだ。うってつけじゃないか。何が困るんだ?
大いに困るんだ。それは大いに困る。なぜならその時クレイは自分がバーニッシュであると告白しなければならない。何がいけない?情報操作はなされていない。バーニッシュ研究の権威であるデウス博士に「バーニッシュとは病気だ。そして世界を救うためにはバーニッシュの強力が不可欠だ」と宣言してもらえばいいだけの話だ。何がいけない?何が困る?
それでも大いに困るのだ。
だってクレイはガロの家を燃やしているから。
人類の99.9%以上を捨ててでもクレイが守りたかった秘密
それが「ガロのヒーローはガロの家を焼いた放火魔だった」という真実だとしたら、こんなことってあるだろうか?
困ったことに、この線を追っていくとクレイが全くガロを殺せなかった理由にもなんとなく察しが着いてしまう。そりゃそうだ。非人道装置で全バーニッシュを燃えカスになるまで使い尽くしても人類の99.9%以上をマグマの海に沈めることになっても、それでも自分が焼いた家の生き残った男の子のヒーローでい続けたかった男が、どうしてその男の子を殺せることがあるだろう?
クレイがガロを目障りだと殴ったあのシーンは、ここまで来て思い返すとまあ感慨深い。多分この男、最後までガロのヒーローでい続ける気だったのだと思う。けれど、ガロが先に気づいてしまったのだ。クレイがおかしいこと、クレイがヒーローなんかじゃないことに、ガロは気づいてしまった。絶対にバレたくないと思ってあの手この手で方々尽くしたっていうのに、何の事は無い。ガロは自力で真実のかけらにたどり着き、「お前おかしいぞ」と核心に近い部分を看破してきた。そりゃまあ、やけになってブチギレて殴って怒鳴っても、まあそうだろうなという感じだ。
計算通りに進む私の人生の中でお前だけが計算を狂わせる。
なるほど。これほど言い得て妙もないだろう。