クレイの野望はどうしてくだらないのか?
クレイの行いたかったパルナッソス計画は、ガロに「くだらねえ野望」と一蹴されている。一見するとクレイのやりたかったことは確かに及第点狙いだったかもしれないが、くだらないとまで扱き下ろすほどか?と疑問に思わなくもない。
でもガロが「くだらない」と言うからには、ある考え方で見ていけばクレイのやろうとしたことは極めてくだらないはずなのである。
私は別の考察で、「クレイは自分の罪の清算のために人類の救世主になりたかったが故に動機と手段と期待する成果がしっちゃかめっちゃかだったので、真剣に人類と地球を助けようと思ったガロからすればそれはくだらなかった」といったことを書いた。
それはそれとして、今回は「クレイが一万人を選別する」ことにスポットをあてて彼の野望のくだらなさを見ていきたい。
パルナッソスとはノアの箱舟だけれどクレイは「誰」なのか?
作中、パルナッソス見学コースの最中、クレイは眼前のパルナッソスとその計画をかの有名な神話「ノアの箱舟」に例えた。この記事の中でポイントになる部分、つまりプロメア 世界のパルナッソス計画とノアの箱舟がリンクするのは、以下となる。
①堕落した地上の人間を一掃するために神は大洪水を企てた
②しかし、「神と共に歩んだ正しい人」であるノアおよびその家族には自身の計画を告げ、これを回避し得る箱舟を作るよう命じた。
③そしてその船にノアおよびその家族、そして(おそらく人以外の)全ての生き物から雄と雌の一対ずつを箱舟に乗せるよう命じた
④ノアは指示通りしたがって、自分と家族(妻と子と子の妻)と(おそらく人以外の)全ての生き物から雄と雌の一対ずつを箱舟に乗せた
※ノアの箱舟のストーリーはここを参考にしている。この記事での「ノアの箱舟」は以下のページのものとしたい。
https://www.wordplanet.org/jp/01/6.htm#0
さて、ポイントなのはやはり箱舟に乗ることを許された選ばれた者だろう。
神話では、あくまで選び手は神であり、しかも人間として搭乗を許されたのは「神と共に歩んだ正しい人」であるノアとその家族というごくごく限られた一部のものだけだ。一万人にも及ばない。「ノアの箱舟」と名付けられているあたりノアが神の代理として搭乗者の選定権を持っていそうだが、これも実はそんなことはなくて、どうやら神の言いつけを守って代理執行しているにすぎないようである。(一部、動物の選定においては自己の判断で取捨選択していた可能性はありそうだ)
この点、クレイはどうだったかというと
①大洪水(=地球のマグマの暴走)を予見した神(=デウス)を殺し、神が非推奨とした方法を持って独断で大洪水からの逃亡案を企てた
②神の非推奨案(=プロメテックエンジン)を用いれば大洪水(=地球のマグマの暴走)の日を早めることを承知の上で計画を走らせた
③自分の基準で箱舟を作り、自分と同種である人間を自分の基準※で選定した
となるわけだ。ガロが「くだらねえ」と初めて口にしたのは確かパルナッソス甲板で絶対零度宇宙熱死砲を食らっている時、つまりデウスから全て聞かされた後(まだクレイがバーニッシュとは知らない)なので①〜③はガロの中の<事実>とも齟齬がないはずだ。
※確か某トークショーイベントでクレイの1万人選定はランダムだったとコメントがあったが、ガロはそれがランダムかどうか知る由はなかった。さらにエリスと接触した時、エリス自身から「アイナのためならなんでもやる」という趣旨の発言を受けており、そこからエリスの肉親枠でアイナが搭乗者になっている=選抜市民には一定の基準があると推測していた可能性は高い。
※クレイがランダム選定していたとしても、年齢や健康状態、生殖能力等「移民後の生活に適しているか?」という指標が設定されており、その指標の設定は少なくとも「クレイの基準」となるのでやはり自分の基準で選んでいることに他ならない。
が、私のソースがショーに参加された方のレポートツイート頼みなので、ここの記事では少なくとも「年齢や健康状態、生殖能力等「移民後の生活に適しているか?」という指標が設定されていた」という仮定の元で考えることとする。
ここまで整理するとよくわかるのだが、クレイは神殺しの上でノアと神の一人二役をやっている。これは、ノアが(あくまで神の代行として)動物(こういう言い方はよくないが、人間が人間より下等だと思っている生き物)の中から雄と雌を一頭ずつ選んで搭乗させたのに対し、クレイは同種の人間を選定していることからも伺える。
ノアの箱舟では、神はワンランク下の人間代表としてノアを選び、そのノアに動物代表を選ばせた。クレイはクレイ自身が同ランクの人間を選んでいるので、自分以外の人間を下のランクにおいているか自分を一つ上のランクに置いているのかのどちらになり、クレイが神とノアの一人二役ならクレイは人間よりワンランク上なので整合性が取れるのだ。
でも、気づいて欲しい。クレイは神じゃない。人間なのだ。
ここがクレイの愚かさで、くだらなさで、故にガロが怒った部分だと思うのだ。
人が人の生を決めることは原則許されない
もう、これにつきるのだ。
たとえクレイが司政官であっても、財団理事長であっても、人であるクレイが同じ人の生き死にを決めることは、何があっても許されない。
じゃあ医者やレスキューは?彼らだって人の生き死にに関わるではないか。それはそうだ。でも彼らは人の生き死に関わることはあるかもしれないが、彼らの基準で生き死にを選ぶことはない。病を直す、命の危機に瀕している人を助ける、つまり中心から死の方向に寄っている人をどうやって生の側にもってくるかというところで尽力している人たちで、寄せる方向は常に生だ。終末医療などはその限りではないのかもしれないが、それはあくまで患者やその親族の意志があってのことで、医者が独断でそんなことを決めないしそんなことを決めたら大問題でニュースになるのを皆わかっているはずだ。
そして前提として医者もレスキューも資格や免許がいる。人の生き死にに関わる仕事に就くための許しを皆得て働いているのだ。
でもクレイはそうじゃない。すくなくともどれだけ逆立ちしたって、プロメポリスの一司政官が全世界の人間から一万人の生を選ぶ権限なんて絶対にないはずである。
これはどういうことか?
つまりクレイのパルナッソス計画自体が「ありえない前提」に基づいた作戦だということだ。クレイはそもそもの大前提である「人が人の生死を選定することはできない」というルールを犯したところから始まっている。そしてこの計画が全人類の同意の元でなされたわけもなく、ごくごく一部の限られた人間の独断と偏見で遂行された秘密裏のものであることも明らかだ。
そのあり得ない前提の上に立つあり得ない計画を当然のようにクレイは宣うので、クレイの計画は「くだらねえ野望」なのではないか?と私は思ったのだ。
掛け算の世界では、ゼロをかけたら相手がどんなに数字が大きくてもゼロだ。クレイの成し遂げようと思ったスケールは「分不相応で身の程を超えた望み」だ。でもその前提が馬鹿げて無価値で無意味だから「くだらない」というゼロがかかるのだと思う。
そして、そのくだらなさを誰より知っているのはガロだ。
ガロは、ある日突然家が燃えて、そこから生き延びた男の子だ。私の想像だけれど、回想シーンで燃えた範囲の広さから言って多分両親は死んだのではないかと思っている。家族は死んだけれど自分は生き残った。それは圧倒的に無慈悲で、人の力でどうこう選べる域を超えている。
レスキューになってからだってそうだ。薬品倉庫に取り残された女性研究員を身の危険を顧みずレスキューギアもなしで、かつて自分の両親を黒焦げに燃やして殺した炎の中へその身一つで突っ込んで助けたっていうのにその人は明らかに望まぬ形でバーニッシュになってマッドバーニッシュに連れ去られ、クレイの人体実験でぼろぼろにされて死んだ。
シーマがあえて前日譚で「ガロが初めて助けた人」として描かれるのは、助けた誰かに傷つけられることの可能性、助けたことが助けられた人にとって望ましい形にならないことの可能性、命がけで助けた人が助けたことでより苦しい結末を迎えてしまう可能性、その「人の生き死にはやっぱり人がどうこうできる次元の話ではない」という厳しさの描写なのではないかと思うのだ。
それでも目の前に死にそうな人がいて危ない目にあっている人がいたら片っ端から助けに行かなければいけないし、そこで「助けたことでこの人が余計に苦しくなったらどうしよう」とか「この人は助けることにしてあの人はムカつくからやめよう」とか悩んだり選んだりする隙もないし、とにかく目の前のことに一生懸命になって目の前の人を助けるという地道で真摯で報われない必死の行動しかない、とガロは誰より知っているのだ。
そして、それはクレイだって同じだとガロは思っていたはずなのだ。
だってクレイは、目の前の家が燃えているという理由で、その家の中で生きている人が誰もいなくて下手をすれば自分が巻き添えで無駄死にするかもしれないのに、それでも火の中に突っ込んで左腕を捨ててまでガロを助けてくれた人なのだから。ガロの憧れの人なのだから。
だからガロは怒ったのだ。地位と金を得てすっかり人が変わって、目の前の何かではなく遥か高いところから神の目線でものを語るようになったクレイにがっかりして怒って、そして「人が人を選ぶ」なんて絶対にやってはいけないことを「させたくなかった」のだと思う。それがクレイの非道を許さないというセリフに詰まっているのだと思う。
ガロは信じていたのではないか?クレイが「くだらない野望」から目を覚ましてくれることを。だってクレイがガロのことを目障りだったと喚いて殴って独房にぶち込んで地球に置き去りにしようとしていても、あの日見ず知らずの燃える家の中に生身で突っ込んでガロを助けてくれたあの日は本当のはずなのだから。あの日が本当なら、クレイの中にもいるはずなのだ。ガロがクレイの行動を「くだらない」と言える理由を理解し同意し、本当はわかっているクレイが彼の中にまだ居るとガロは信じていたのではないかと思うのだ。だって、人を救うことをガロに教えてくれたのはクレイのはずだから。
だから「消す」だけなのだ。クレイのくだらない野望の炎を消すだけで、クレイを殺すわけでもクレイを倒すだけでもなく、クレイが抱えるくだらない野望の炎を「消す」だけなのだ。消せばその中から現れると思っていたから、あの日自分を助けてくれた「本当の」クレイが。
そんなクレイは最初から居もしなくて、それこそ「くだらない」ガロの幻なのだけれど。