140字以上メモ

n史郎がツイッター字数制限以上のつぶやきをしたいときの置き場です。

救世主としてトロッコ問題を解く気がないクレイはピントの合ったガロに「逆ギレ」と言われない

※クレガロ工場から生まれた腐気味のクレイとガロの考察です

 

 唐突だが、考察本にする予定だった考察を、もうブログに載ることにした。

 公式がどんどん情報を出してくださっているので、これは早く出さないとだめだ…とチキってしまった。俺は弱い……

 紙媒体の本は自分用に刷ろうと思うので、余った分をイベント頒布したい。もし、表紙+紙の新書形態でもほしいよ、という心優しい方がいれば、お声がけください…

 

 では、以下妄想を連ねていく。これは、バーニッシュになってからデウスを殺せたクレイについて考えた記事である。

 

バーニッシュになって殺しができるようになったクレイについて 

 クレイ・フォーサイトを考える上でどうしても無視できないのが「クレイがデウス博士を殺したのはガロの家を燃やす前か?後か?」の問題だ。言い方を変えるなら「デウス博士を殺したクレイは只人であったのか?バーニッシュであったのか?」の問題とも言える。

 どちらの視点にも読み取れるヒントらしき描写はあるものの、明確にこの前後関係を示してくれるシーンはないと思っている。なので、どっちで読み取っても今の所オッケーだと思う。

 どっちで読んでも正解なら、どっちでも読んで比べてみるのが性である。本当はどっちの視点でも考えてどっちのバージョンも書くつもりだったのだが、片側だけでそれなりの字数になってしまったので、片側、もとい「クレイがデウス博士を殺したのはガロの家を燃やした後」という時系列を前提に、クレイ・フォーサイトは何がやりたかったのかを見ていきたい。

 

 プロメアを初めて見た日、私は何の疑いもなくクレイはバーニッシュに目覚めてから博士を殺したと解釈していた。自然にこちらの解釈に落ち着いたのは、「バーニッシュに目覚めガロの家を焼いてしまった後(=既に業を背負った状態)なら、クレイは博士を手にかけるという冷徹な決断を下せそうだ」と思ったからだ。つまり、クレイを冷徹にしたのはプロメアであり、もともと冷徹な人間性の持ち主ではないと、そう思い「たかった」からその時系列を無意識に採用したと振り返る。

 が、最近こちらの解釈の方がクレイに容赦がないと思えてきた。クレイに容赦がないというか、こちらの解釈で出発したところ「クレイ・フォーサイトは全然地球を救う気が無かった」という答えに(勝手に)行き着いてしまったのだ。地球を救う気があったクレイは、プロメアが目覚める前に博士を殺している世界線だと思う。

 そして、全然地球を救う気のないクレイ・フォーサイトを考えていくと、もう一つの私の疑問である、とあるガロのセリフに何となく折り合いがついてしまったので、今回はそこもまとめて書いていく。

※この記事ではプロメア世界の総人口を三十八億と仮定している。具体的な数字はあくまで例えなので、スケール感を推し量る材料として汲んでいただきたい。

 

ミイラ取りがミイラになった日

 クレイがデウス博士を殺したのがガロの家を燃やした後なら、やはりバーニッシュへの目覚めが決定的なターニングポイントとなり、博士を殺すに至ったと考える。

 ただ、当たり前なのだがバーニッシュになったからといって燃焼本能に目覚めはしても、殺人衝動には目覚めない。クレイが博士を殺す決意をした決定的な原因を作るきっかけがプロメアだったとしても、プロメアに憑かれた=博士を殺す、の等式は不自然だ。

 したがって、ここからはクレイがどういうルートで博士を殺すに至ったかを検討していく。唐突ではあるが、ガロの家を燃やしてしまうところまでを小話チックに書いてみる。

 

 クレイ・フォーサイトは、バーニッシュ研究の権威であるデウス・プロメスに師事する学生だ。博士には遠く及ばないが、自分もいつか博士に負けないような研究成果を出し、火災対策やバーニッシュ対策に貢献できる人間になりたいと志を高く保っていた。

 が、ある日突然、何の前触れもなくそれはやってきた。何を隠そう、今日という日まで寝食を忘れてそれの研究をしてきたのだ。嫌でもわかる、バーニッシュへの目覚めだ。

 一度そいつが発現してしまえば、もう元には戻らない。上手く付き合っていかなければ。自分が「そう」と口にしてしまった日には、あるいは他人に「そう」と気付かれた日には、これまでの全ても、これからの全ても、何もかも失うことになる。よりによって、なぜ自分が。こんな無慈悲で理不尽なことなんてこの世にあるのか?あるんだな、これが。

 耳元で甲高く笑う幻の鳴き声を聞きながら、覚束ない足取りでクレイは帰路についていた。気を抜いた覚えなんてなかった。ただ、夜更けだというのにその家から聞こえてくる無邪気な子供の笑い声が、鬱陶しいと、そう思っただけだ。

 自分はこんなに苦しいのに、世の中のためになればと全部注いできたのに、自分がダメになるくらいなら、もっとダメになっていいはずの奴だってごまんといるはずなのに、何も知らない子供はバカみたいにはしゃいで、なんで自分が、どうして自分が、なんで、なんで、なんで。

 あ、と気づいた時には耳元の笑い声が脳をキーンと焼いて、小さな火花が散る予兆なんかなく、左腕から一気に燃え上がった。目の前の家が火の海に包まれるのは、一瞬だった。燃やしてしまった快感に脳が酔ったのは、刹那のこと。すぐに後悔の味が胃から湧き上がってくる。取り返しがつかないことをした。この火力だ、逃げられるわけがない。

 ああ、と頭を抱えていたその時に、目の前の扉は開いた。わあ、と大きな声をあげて、一人の子供が飛び出してくる。あちこちにやけどを作って、咳き込む喉で、もつれる足で、ぼろぼろと溢れる涙は地獄の炎を消せやしないというのに、その子供は腕の中に飛び込んできた。彼の家を焼いた男の腕の中に、この子供の笑い声が鬱陶しいとうっかり炎を吹いた男の腕の中に、飛び込んできたのだ。

 消防車と救急車がやってくる。野次馬がどんどん押し寄せてくる。君が彼を助けたんだね。誰かが言った。違う、と言う選択肢は、その時自分にあったのだろうか。「はい」恥知らずの声が舌から転げ落ちる。もう後には引けない。もう進むしかない。僕には帰る昨日はない。

 

 とまあ、わりと綴ってしまったが、こんな感じではないだろうか。

 火災やバーニッシュのテロから人や街を救いたいと思っていたクレイが、不幸にも研究対象のバーニッシュになってしまった。クレイはバーニッシュになって、守りたかったはずの市民であるガロを決定的に傷つけてしまった。セキュリティ会社が情報漏洩を犯したり、ポリ公が児童ポルノで捕まったり、このミイラ取りがミイラになって人に危害を与えてしまう構図は本当に致命的だ。クレイはちょっとやそっとでは償いきれない罪を背負ってしまったわけである。

 だから、クレイはちょっとやそっと以上のことを為して、この罪を清算しなければならない。人類の救済だ。これだけがクレイの唯一にして絶対の救いだ。この救済の日を自らの手で迎えた時、クレイは初めて許される。誰に?わからない。でも許されるったら、許される。

 だからなのだ。だから、クレイは博士が殺せた。

 

保たないのは地球だけじゃない

  クレイは自らの手で人類を救済しなければならない。救済することが唯一の贖罪の手立てなのだから。だがしかし、現実はそこまで甘くはなかった。なんと、博士はこの土壇場でプロメテックエンジンは公表しない、と言い出したのだ。目の前にぶら下がっていた人参を、ちょっと腐っているので、という理由で取り上げられてしまう馬のショックを想像して欲しい。

 クレイはデウスXマキナを見た時、その機体の存在を知っていた様子なので、おそらく博士の構想する真のプロメテックエンジンの存在も知っていたと思う。博士は言ったのだろう、バーニッシュを痛めつける今のプロメテックエンジンではダメだと。それでは地球のコアの暴走を招くので本末転倒だと。だからバーニッシュと協力し合う真のプロメテックエンジンを待たねばならない。え?それができるのは、いつだって?さあ、いつだろうね。

 悲しいかな、腐った人参の代替品が届く日は、世界の誰にもわからなかったし、そんなものがあるのかどうかも未知数だった。でもその馬は餓死寸前だ。腐った人参でも、口にしたいに決まっている。

 

 ふざけるな、とクレイは思ったことだろう。いつだって?さあ、いつだろうね。だと?ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。待てない、私は待てない。バーニッシュと協力し合う?できるわけないだろう。意図的に放火しているなら、まだいい。実際は暴れ出す炎が制御できず、プロメアの言いなりになっているだけだ。コントロールができないのだ。空腹も排泄も何も我慢できず、泣きわめく赤ん坊並みの自制心で、何をどうしろと言うのだ。あなたは知らないだろう、だがお生憎様それは私が一番よく知っている!

 真のプロメテックエンジンは、ミイラになって人を襲ってしまったクレイにとったら馬鹿げた夢物語に違いなかった。

 

 博士からすれば、真のプロメテックエンジン以外に正解はなかった。なぜなら博士は本当に地球と人類の救済を考えていたので。三十七億九千九百九十九万人を捨てて一万人を取って、それで何になる?確かに種としては辛うじて存続するかもしれないが、でもそれが何になる?そんな、普段だったら圧倒的に赤点だけれど今回はテストがとても難しく平均点が超絶低かったので、まあその点数でも大目に見て合格ということで……みたいな答えをぶら下げて、何の意味がある?だったらいっそ零点でいけ。それが嫌なら、あるいは百点でいけ。そして博士は百点でいく天才だったのだと思う。

 けれど、クレイは違う。天才とか秀才とか、そういう話ではない。動機が全く違う。クレイは、人類自体がどうなろうが、地球がどうなろうが、そんなことはどうだっていい。クレイがやりたいのは清算だ。清算の手立てが目下救世主なのでそれに腐心しているだけで、本当は人間も地球もどうでもいい。

 博士の真のなんたらエンジンが完成するのを待つ間に地球がお釈迦になったらどうする?気づいた時には手遅れで、粛々と地球終焉の日を待つだけの時が来たらどうする?私の清算は?私の救済は?おいふざけるな、今だって一分一秒が苦しいっていうのに、待てるわけがないだろう!

 悲しいかな、クレイは恐ろしいほどのせっかちになっていた。保たないのは地球だけではなかったのだ。

 

 だからクレイは博士が殺せた。だって、クレイは人間も地球もどうでもいいから。人間と地球がどうでもよくないなら、バーニッシュになってもガロの家を焼いても、それでもやってはいけないことは一つだけ。バーニッシュ研究の権威でプロメアの正体までこぎつけた天才、デウスを殺すことだ。博士だけが人類救済に直結する希望だった。彼を殺すことだけは、やってはいけなかった。

 でもクレイにはやれた。だって彼が求めているのは人類の救済でも地球の救済でもなく、自分の救済だから。明日にでもほしい救済を延期したり中止したりするやつを、クレイは殺せたのだ。

 

 そしてとても厄介なことなのだけれど、クレイのこの救いを求める心は完全に無意識だ。本人にはそんな気は微塵もないし、彼は全力で人類を救う気でいる。このおかしな矛盾に気付けないのは、クレイが見つめているのが自分だけだからだ。自分のことが大嫌いだと思いながら、彼が見つめているのは常に自分だけだ。自分が嫌いということは、裏を返せば自分に夢中ということかもしれない。好きの反対は無関心で、嫌いじゃない。自分に夢中で自分だけしか見えていないから、バーニッシュも三十七億九千九百九十九万人も、そうした人たちの奪われゆく人生がピンとこない。

 

 このピンボケが彼を追い込んでいくし、果てには地球を追い込んでいくことになる。

 

そもそも救世主的にトロッコ問題を解く気のないクレイ

 クレイは、人類も地球もどうでもよくて、ただただ自分のためにパルナッソス計画を実行に移した。クレイの持つ能力のギリギリ限界で為せる救済の手立てが、それだったのだ。

 ガロが、救済可能な人数が一万人と聞いて「それだけ?」と問うたのが実に切ない。その通り、それだけなのだ。それだけしか救える力がないのにクレイ・フォーサイトは救世主として名乗りを挙げた。だってクレイは救世主にならなければならなかったのだ。

 

 卒業するのに必死な大学生と同じレベルだ。学ぶという目的のために、授業に出ると言う手段を選ぶ。その結果としての単位だ。自分が学んだことをきちんと表すための卒論で、その結果としての卒業だ。

 でもクレイは卒業がしたい。きちんと学問を修めたかどうかは、もういっそどうでもいい。だから代筆も代返も頼むし、先輩から過去問を借りまくって問題の意味がわからなくても丸暗記するし、自分に残された時間と能力から逆算してどの程度のボリュームなら卒論が「それっぽく」収集がつくかを考えて課題を選び研究する。自分でうまく書けないなら、うまく書けるやつを引っ張ってきて手伝わせればいい。何なら、研究自体も他人からパクってもいい。何でもいい。単位と卒論がそろって教授がオッケーを出して卒業さえできるなら、中身も結果もどうであろうと何だっていい。

 そしていざ卒業した時に、ガロに聞かれたのだ。クレイは何を勉強していたの?と。合格点がもらえる卒論を書けたのだからそれなりのことは言える。でも悲しいかな。浅い。学んだ集大成を表す手段としての卒論のはずが、クレイにとったらそれは卒業のための切符と言う「目的」だった。薄っぺらな答えにガロは言うのだ。「それだけ?」と。

 それが、クレイが述べた一万人で、ガロが驚いた「それだけ?」なのだと思う。

 

 リオデガロンとクレイザーXの戦闘において、クレイザーXが繰り広げる様々な必殺技に対し「そんな技術を編み出せたなら、なぜそれを移住ではなくマグマ暴走の停止に貢献する形で検討しなかったのか?」とガロ、リオは再三クレイに問うている。クレイの回答は、「検討したが現在の科学技術レベルでは装甲強度の都合でそもそもマントルに辿り着けない、だからマグマの暴走は止められない(だから移住を選んだ)」というものだった。

 私は最初、これはトロッコ問題に対するクレイなりの回答なのだと思っていた。制御不能のトロッコが突っ込んでくる。このまま行くと、前方の五人の作業員が死んでしまう。ただ、あなたがトロッコの進行方向を切り替えてやれば五人は助かる。ただし、切り替わったルートの先の作業員一人の死は確実となる。五人を取って一人を助けるか、自分の匙加減で人の生き死には変えられないと何もしないか。さてあなたはどうするべきか?トロッコ問題とはざっくりこういうものである。

 プロメア世界のトロッコの状況は、もっと悲惨だ。なにせルートを切り替えなければ全員死ぬ。だったら、三十八億全員お陀仏に比べれば三十七億九千九百九十九万人を捨ててでも、一万人を救った方がいい。三十七億九千九百九十九万人を捨ててでも、一万人を救った方がいいので、そのためにバーニッシュを非人道的な方法で活用しようが、そのせいで地球の破滅を加速させようが、それは仕方ない。トロッコ問題で良心を痛める奴は救世主になれない。甘ちゃんの駄々っ子ちゃんは引っ込んでいろ。これがクレイの回答なのだと思っていた。

 

 本当に?本当にそうなのか?

 少なくともガロ・ティモスは、クレイが取り組んでいるのがトロッコ問題ではないということにうっすら気づいていたのではないか?と思う。

 救世主は、読んで字のごとく人の世の救い手だ。でも、人の世を救うとはどの程度のことを指すのだろう?お年寄りに席を譲ることだって、車を使わず自転車で通勤することだって、レジ袋を断ることも、食べられない恵方巻きを買い込み過ぎないことも、運転免許の裏側に臓器移植の意思表示をきちんと記載することも、人の世の救いの欠片だと思う。

 だけど、これをやった程度で救世主とは呼ばれない。なら、どこまでやってのけたら救世主なのか?ガロは自分の身の危険を顧みずに火災から人を守っている。プラスチックストローを使わないことに比べたら凄まじいスケールの人助けだが、ここまでやってもレスキューという職種の人間という話で、救世主ではない。

 さて、目の前で何が起きた時に、我々はその人を救世主と呼ぶだろう?

 私は、救世主のトリガーは「奇跡」なのではないか?と思っている。

 

 クレイが出した答えは、トロッコ問題的に言えば「ルートを切り替える」だ。これは奇跡でも何でもない。オメガケンタウリを見つけたこと、一万人が乗船可能な宇宙船を作ったこと、手段こそ人道に反するが、それでも星と星の間を移動するためのワープゲートの生成に成功したこと。これらは決して誰でもできたとは言わないが、クレイの主張を借りるなら、これらはプロメア界の科学で実現可能な水準の話だったのだ。実現可能な水準だからクレイは移住を選んで、実現不可能なマグマの消火という選択肢を捨てた。

 実現可能なことを実現することを、何と呼ぶのだろう?少なくともそれを奇跡とは呼ばない。これだけは、はっきりしている。

 クレイが救世主になりたかったのなら、クレイはトロッコ問題においてレバーを触るか触らないかの次元の選択をしている場合ではなかった。手段は何でもいいので、既存ルートの五人と切替先の一人、そして自分も含めて全員助かる方法を見つけ、成し遂げなければならなかった。

 ガロは、きっと感じたのだ。滅殺開墾ビーム、瞬砕パイルドライバー、絶対零度宇宙熱死砲、全部全部全部、言い訳だ。クレイは救世主にならなければならない。でないと自分が救われないから。けれど、クレイは救世主になれない。なぜなら奇跡を起こすだけの才能がないからだ。

 

 クレイが本当に救世主となり得る人間なら、彼の目標はただ一つ、地球と人類の救済だ。その目標一つのために脇目も振らず、ありとあらゆる方法を探ってそれを実行に移せて成果を生み、初めてそれが「奇跡」となり結果的に救世主に成れるのだ。救世主が人の世を救うのではない。奇跡としか言いようのない誰もが辿り着けない究極の方法を見つけて、誰にもなし得ない世の救済を為してしまう、それほどの目的への一途さがあるから、その人は救世主と呼ばれ崇められるのだ。救世主は勲章なのだ。勲章は結果に従って後からついてくる。勲章を取ることは目標にはならないし、それを目標にしている次元では勲章は貰えないのだ。

 そして、本当はクレイもわかっている。自分にはその勲章を得るだけの才能がない。だってクレイはデウス博士の真のプロメテックエンジンの完成すら待てなかった男だからだ。博士と一緒にいては、永遠に答えにたどり着けず、タイムアップで回答用紙を白紙で提出するかもしれないと焦ってしまうような男なのだ。

 白紙で出すくらいなら、三十点程度でいいからわかるところだけ答えを書いて出した方がいいし、他に回答者がいないなら何点だろうが自分が一番だと、そういう発想で博士を待たずに殺した男なのだ、彼は。そして、自分がその程度の男ということを、本当はわかっていたのだ、彼は。

 だからクレイは滅殺開墾ビームを、瞬砕パイルドライバーを、絶対零度宇宙熱死砲を編み出し、それを放てるクレイザーXを造った。オメガケンタウリへ向かうための巨大宇宙船パルナッソス号を造った。白紙回答にならないようにと、彼が埋めた答えがそれだ。自分の他に回答しそうな人間は殺して、参加者一名のテストに仕立ててクレイはその答案用紙を突きつけた。誰に?ガロ・ティモスに。クレイ・フォーサイトの罪そのものに。

 

 クレイがガロを連れ立って、わざわざパルナッソス計画を解説するシーンがある。口頭説明だけでなく、バーチャルで作ったマグマの噴火映像や建設中の船、プロメテックエンジンの実験まで見せてくれる。船と実験はまだ良いとして、マグマの噴火のバーチャル映像は初見で笑ってしまった。メタ的に考えると視聴者への解説シーンは不可欠だ。そこであえて無知レベルが視聴者と等しいガロを受講者代表として説明コースに連れて行ってくれるのは構成的に上手くて唸った。

 が、一方でメタ目線を止めた時、クレイはいやに親切だなと思った。主人公をあの場で殺せないのはわかっているが、彼の後の激昂を思えば説明してないで黙ってガロを殺せばいいのに、と思った。あのマグマのバーチャル映像はわざわざ作ったのだろうか?と面白くなった。確かに選別市民向けの解説コースにガロを乗せたという見方もできるので、そういう裏設定があるのかもしれないとおもいつつ、あそこは面白かった。

 だが、気づいたのだ。全然面白くない。真面目も真面目、大真面目だ。だってあそこはクレイの一世一代の正念場なのだ。あそこは、ガロ・ティモス採点官の答案チェックの時間だった。クレイは三十点の回答を少しでも良く見せようと必死だった。ガロ・ティモス採点官にこの三十点が三十点だけれど世界最高得点なのだと伝わってくれ。それなら仕方ないと理解してくれ。その一心だ。それはマグマのフラフィックだって作る。それがあの見学コースだったのだ。殺せるわけない。採点前に採点官を殺して、どうやってクレイは救われるというのだ。

 

 そして採点官の感想は、「それだけ?」だった。

 難しいテストだから三十点で上出来だとか、そもそもこのテストに挑もうと思ったのがすごいとか、そんな甘いことはなかった。三十点で満足しているのか?と、三十点という答えを出してそれで良いと思っているのか?と、クレイにそう問うたのだ。

 クレイは言った、誰にも無理だと。これ以上の点を取ることは無理だとクレイは言った。だからガロは答えた。じゃあ俺が満点取ってくるぜ、と。最初から三十点取れればいいと思っているやつに比べたら、百点を諦めない俺の方が百点を取る可能性があると、そういう当たり前のことをガロは言ったのだ。

 

 そんなガロが、最終的には気づいてしまった。そもそもクレイにとって、テストで取る点数が何点だろうが全くどうでもいいのではないか?ということに。

 クレイにとって大切なのは、トロッコ問題に取り組んだという事実で、そのトロッコ問題に取り組んで答えを出せたのは自分だけだという事象だ。三十点が最高得点ならクレイが一位で、相対評価で救世主だ。クレイがやっている勝負はそういうことで、彼は地球の滅亡という大きな問題に全く正面からぶつかっておらず、ガロ達とは全く異なる土俵で、勝手に一人で相撲を取っている。それが、見えてしまったのではないかと思う。

 見えてしまったから、ガロはクレイも含めて「助ける」と言い、グーパンで気絶させ、退場させたのではないかと思うのだ。あんたのことも見捨てず助けてやるから、その分岐器のレバーを握る手を退かせ、と。本気で問題を解く気がないなら回答権を真面目に考えている人間に譲れ、と。独り相撲は助かってから好きなだけやればいいから、だから今あんたのやっているそれは間違い無く今やることじゃない。

 それがガロ・ティモスのグーパンではないだろうか?

 

 ガロ・ティモスは真面目に地球を救うという課題に取り組んだ。彼は、百点を出すことを決して諦めなかった。決して諦めなかったからリオだってガロに協力する気になったし、リオが協力する気になったからこそ「プロメアの声を深く聞く」という奇跡に辿り着けたのだと思う。

 

 五人を殺すか一人を殺すか、ルートを切り替えるか否かの話では無く、全員救うにはどうしたらいいかを考え抜いたから、ポイントレールをどっちにも寄せ切らず中立にすることでトロッコを脱線させ止める、という百点の回答に至ったと思うのだ。

 

「逆ギレ炎」は誰に向けて言われなかった言葉なのか?

 ガロが、クレイが放つ炎の中をのしのしと歩いて一歩も怯まなかったシーン。あの時のガロは、何というか、クレイのことを「どうでもいい」と思っているのではないか、という印象を覚えたのだ。

 セリフはうろ覚えだが、瀕死のリオを前に再び立ち上がったクレイに対し、「人命救助の邪魔だからいい加減にしろ」という態度を取っていたと思う。その後、ガロを殺そうと放つクレイの炎に、真っ向から突っ込んでいく。リオの炎が守ってくれると突き進み、あんたも助けると言い放って、グーパンでクレイを大人しくさせる。

 クレイの炎は、最初リオの炎を圧倒していた。なのに、あのシーンでは全く歯が立たなかった。リオが直接吹いた炎ではない。ガロに託した、わずかな残り火みたいな炎だ。それにすらクレイは勝てなかった。

 なんでだ?プロメアの炎の威力が人の意思や感情にある程度左右されるとして、リオの、ガロを守りたいという意思が強かったから?あるいはクレイのガロを殺したいという意思が弱かったから?私は「クレイのガロを殺したいという意思が弱かったから」と思っていた。思いたかった。でも、そうじゃないのだろうとも思っていた。クレイに殺意があったかなかったかとか、そういう話ではない。それよりもっと悲しい話だ。

 

 あの時、クレイの立っていたレイヤーとガロの立っていたレイヤーは、全然違ったのではないか、と思うのだ。立っている次元が違った。自分の罪に囚われて自分が救われることばかりに躍起になり、自分のことしか考えていない男と、何が何でも全部助けると、それこそ自分の家をかつて焼いた男ごと全部救うと本気のマジで思って諦めない子供。敵うわけがなかった。

 だって、あのシーン。クレイは炎をガロに向けて放ったけれど、それって意味があったのだろうか?プロメテックエンジンのコアを壊され、代替品であるリオもエネルギーを使いすぎて破損状態。ガソリンは尽きている。そんな有様のリオを取り戻しても、クレイはもうパルナッソスを飛ばせない。

 クレイが本当にパルナッソスを飛ばしたいなら、やることは一つだ。今度は自分が核になるのだ。だから、エネルギーの浪費は許されない。ガロに炎を吐いている場合じゃない。その炎はパルナッソスを飛ばすために使わなければならない。なのに、クレイはガロに向かって炎を吐いた。クレイがあそこで炎を吐いたということは、そういうことなのだ。そういう炎なのだ、あれは。だとするなら、そりゃクレイの炎なんてどうでもいいはずだ。全然熱くないだろう。

 ここで、ん?と違和感を覚えた。全然熱くない?どこかで聞いたセリフだ。

 

 この、ガロがクレイの炎の中を突き進むシーン、私はあるセリフを思い出した。ここよりもっと前の場面、クレイへの怒りで暴れまわる真っ黒の龍になったリオに、ガロは、お前の逆ギレ炎なんてこれっぽっちも熱くない、と言い放った、あのガロのセリフを思い出していた。

 逆ギレとは、本来怒られてしかるべき人間が逆に怒ってくることを指す。あの時のリオは、確かに逆上はしていたが、けれど彼の仲間や彼自身が受けた仕打ちを考えれば決して逆ギレではなかった。私の中であのセリフはずっと引っかかっていた。まさか逆上と逆ギレを混同しているわけでもあるまいし。

 

 あのセリフに違和感を覚えたことは、多分間違っていない。あのセリフがあの場面で出たことは、予告だったのだ。あれはなんだったんだ?と思いながら映画を見続け、そしてクレイの炎に全く臆さず突き進むガロを見て、そこで初めて合点が行く。

 ここだ。リオの、ではない。クレイの、だ。クレイの逆ギレ炎なんざ、これっぽっちも熱くねぇ。ここなのだ。

 なのに、言わない。ガロはこのセリフを一番適切なこの場面で、言わなかった。

 

 クレイの炎がまったく効かなかったガロ。立ち向かってくるクレイに、半ば呆れていたガロ。クレイの底を知ったガロなら、クレイの炎を「逆ギレ」と呼べるものを、あえてそうは言わなかった。クレイがありとあらゆる建前で武装し隠してきた彼の本心が、ガロには見えてしまった。クレイが本気で地球を救う気がないことも、自分のやってきたことを棚に上げて救われたがっていることも、そして、彼が身勝手ながら今日に至るまでずっとずっとずっと苦しんできたことも、多分、見えてしまった。

 でも、だからそれがどうした、という話なのだ。クレイがどれだけ辛く、どれだけ救いを望んでいたとしても、そのせいで三十七億九千九百九十九万人が死んで地球が滅亡するなんざ、お門違いにも程がある。そんな男が分岐器のレバーを握っていることを、見過ごすわけにはいかない。

 それに、三十七億九千九百九十九万人と地球を見捨てて赤点の救世主になったって、そんなことでクレイ・フォーサイトの罪が清算されることもなければ、クレイ自身が罪から解放されて救われることもなくて、オメガケンタウリで一層苦しくなるだけだという当然のことも、ガロには見えていたのだ。クレイがレバーを握っていても、誰一人として幸せにはなれない。

 だから、真面目に人類と地球を救う気のガロにとって、不真面目でやけっぱちになっているクレイは退かすべき人だった。だからグーパンで気絶させてレバーの前から退かした。

 

 でも、ガロにだって情けはあった。情けがあるから、クレイも含めて「助ける」とわざわざ口に出して言ってくれたし、そして、「クレイの逆ギレ炎なんざこれっぽっちも熱くねえ」とは言わなかったのだ。

 クレイの怒りが逆ギレだと言えるということは、クレイが本来怒られるべき立場の人間だと認識しているということになる。クレイがクレイなりに人類の救済を真面目に考えていると思っているなら、彼の移住計画は彼なりの救済案であり、確かにバーニッシュへの仕打ちは許されざる所業なのだが、それでもガロの救済案とは価値観やコンセプトが違っていたと言う話で、怒る、怒らないの話ではない。

 なので、クレイが本来怒られるべき立場の人間だと認識しているということは、クレイが本当にやりたかったことは自分の救済だと、目の前の五人も一人もどうなろうが何でもいいと思っているくせにレバーの前から動かない不真面目さが彼の中にあると、知っているということだ。

 それをガロはクレイに明かさなかった。知らないふりをしてあげた。あくまで全てはクレイなりの人類救済へ真摯に取り組んだ結果だったと、そういうことにしておいてくれた。

 今思えば、ガロはクレイのパルナッソス計画を「くだらねえ野望」と称していた。

 ガロが「くだらねえ野望」と叫んだ時、彼はクレイの罪を知らなかった。あの時のクレイとガロの決裂は、人類を救うという同じ目的を持つ者同士であるにも関わらず、人類をマクロの視点で見て一人一人の人生に着目しない達観したクレイと、見知らぬ隣の人、目の前の人を命がけで救っていくレスキューだからこそ人を数字で解釈させないという愚直なガロという、異なる価値観を持つ男同士の衝突のはずだった。あくまで、大きなゴールは同じという構図だった。

 なので、逆にガロは「くだらねえ野望」と言えたのだ。根幹はくだらなくないから、だから言えた。希望を捨てていなかった。絶望的な現実を前にし、クレイの中の選択肢が狭まってしまっているだけで、この「くだらねえ野望の炎」を消してやれば、残された半年をかけてどうやって地球と三十八億総人類バーニッシュ込みで救っていけるかを今度こそ本気になって一緒に考えられると、そういう希望が残っていたからこそ「くだらねえ野望」と言えたのだと思う。

 馬鹿野郎目を覚ませ。この手段はくだらないけど、あんたの根っこにある志は決してくだらなくないから、だから一緒にもう一回、今度は本気で頑張ろう。

 

 でも、違ったのだ。そんな志なんてどこにもなかった。ゴールは全く同じじゃない。クレイが見ているものは、この世のどこにもない。強いていうならオメガケンタウリにある「彼の救い」だ。クレイの口から聞かされた真実。彼の罪の形と名前は自分だという現実、浴びせられた炎。本当にくだらない野望だった。

 全部、ガロはわかってしまった。だから、逆ギレなんて言えなかった。その通りだったからだ。あまりにも図星すぎて、言えなかったのだ。

 ずっと憧れていた男が、自分を起点にして地球と人類を巻き込んだ壮大なスケールの無理心中をもってして自らの救いとしようとしていたなんて、そんなことを知ってしまったガロ・ティモスの心を思うと、泣きたくなる。なのに、クレイを批難するでもなく糾弾するでもなく、助けると言ってグーパンで済まし、知らないふりをしてクレイの代わりにレバーの前に立つ彼を思うと泣けてくる。ガロ・ティモス、確かに君は奥ゆかしい。

 

 けれど、ガロが知らないふりをした理由もわかる。だって、あまりにも悲惨だ。クレイ・フォーサイトのやってきたことは全く褒められたことじゃないし無関係な人間からすればここまで傍迷惑なこともなくて、冗談もいい加減にしろと怒鳴りたくなる。でもガロ・ティモスはクレイ・フォーサイトと全然無関係じゃないから、その男が抱える悲惨がわかってしまうのだ。

 クレイの抱える悲惨さが、彼を滑稽な張りぼてのヒーローにしてしまった。その苦しみがわかってしまったから、「逆ギレ炎なんざこれっぽっちも熱くねぇ」と言えるはずのガロは、使い方が間違ってないか?と思われるタイミングでリオには言えても、ここで言わないでどこで言うんだ?というところでクレイに「言わなかった」し、「言えなかった」のだ。

 自分が浴びたものが逆ギレ炎だとわかっていたのに、言わなかったし言えなかった情け。クレイの建前、ボロボロの鎧、その内側にいる情けない男の正体がわかって見えていても、それを晒さず暴きもせず、ただあんたも助けると告げて、その男の身には余りすぎる重たいレバーから、もう無理すんな、とその手を引っぺがしてくれた情け。クレイを助けてくれるという情。

 

「私を?」

 ガロに、助ける、と言われて、クレイから溢れた言葉だ。救世主にならなくても、助けてもらえるのか?自分の犯した罪を清算できていなくても、助けてもらえるのか?許されていなくても、助けてもらえるのか?よりによって、ガロに?自分の罪そのものに?そんな都合のいい世界、あっていいのか?

 あっていい。あっていいんだ、これが。

 

 がしかし、これをいちいち説明していたら時間がないし、クレイがやらかしまくった色んなことの尻拭いも間に合わなくなって本当に色々助けられなくなる。だからとりあえず、黙って見てろ。故にグーパンだ。

 

 この、ガロの情は一体何だろう。同情?憐情?わからない。映画の中に答えはない。これは三十八億分の一か?一分の一か?

 

 でも何はともあれ、考える時間はある。

 なにせ地球は救われて、三十八億総人類バーニッシュ込みで助かったので。半年のリミットは、もうないのだ。

 

ピントが合った二人はこっからだ

 クレイとガロは、これまで「あった」ものが「なくなる」二人なのだと思っていた。ガロとリオが全く「なかった」ところから二人の関係を「正しく作った」のなら、クレイとガロは「間違って作った」ものを「正しく取り壊した」二人なのだと思ってきたし、以前の考察はそういう視点で書いた。

 そして、その「正しく取り壊した」まっさらの跡地を「そのままにする」のか「また何か建てる」のかは二人の自由だし、「何か建てろ」と強いることは何者にもできない。そして冷静に考えれば「そのままにする」のが推奨されるだろう、という話だった。が、仮に「何か建てたい」と思う二人がいるのであれば、それは二人が非推奨とわかった上で希望したことなので、その決意は相当に余程のことになるのではないか?その余程のことを考える楽しさがある、と思っていた。

 

 が、今回の妄想で、クレイとガロは「最初からなかった」二人だったのではないか?とも思うようになった。

 あったものを壊したのではない。あると思っていたものが、本当はどこにもなかったことに気づいた、そういう二人だった可能性もあるなと思った。しかも、気づいているのはガロ一人だけだ。ここまで散々書いてきたが、クレイは上記のことを全部「無自覚」でやっていると私は思っている。

 

 「あんたも助ける」は三十八億分の一の決別の愛だと思っていた。けれど、そうじゃないかもしれない。「あんたも助ける」は、初めまして、の挨拶で、気づいてるぜ、のサインだったのかもしれない。張りぼてのクレイ・フォーサイトの中身との、初めての挨拶。ガロにもようやく見えた、悲惨で擦り切れて救われたいと思っていた本物のクレイへの挨拶。本当は何もなかった遣る瀬無さを認めて、今、目の前の悲惨な男を受け入れる覚悟が決まったと、そういうサインなのではないか?

 クレイも、ここからようやく見えてくるのではないだろうか。真剣にプロメポリスの復興に携わるガロを見て、自分がどういう理由でレバーの前に立っていたのか、本当に欲しかったものは何か、ようやく心のピントがあってくるのではないだろうか。

 

 そうして自分の心のピントがあえば、今日という日まで向き合ってきたと思っていたガロ・ティモスが、自分の罪の虚像であることにも気づくだろう。

 本当はそこにいた、本当のガロ・ティモスにきちんとピントが合った時、あの日憎いと思った笑顔も、あの日失せろと思ったはにかみも、あの日死ねばいいのにと思った泣きべそだって、モノクロのそれら全部に正しく色がついて、そこにあった自分の感情も正しく見えてくるのだと思う。

 可愛いと思って、自分もはにかんで、守ってあげたいと思った、随分といじくりまわして歪めてしまったそれらが、たとえ折れ線まみれの皺だらけの継ぎ接ぎ三昧でも、それでも正しい形に戻った時に、クレイ・フォーサイトはどうなるのだろう。やっと認められたそれらを、クレイ・フォーサイトはどうするのだろう。

 なかったと認めたその矢先、それらは確かに本物だったと告げられたガロ・ティモスは、どうなるのだろう。

 

 二人の複雑な関係は何も変わらない。けれど、ねじれまくって拗れまくったそれらが不器用なりに正しい形に戻ったのなら、全然、地獄じゃない。最初からなかったはずなのに、遡って色付いてくるそれらは、全然地獄じゃないと私は思う。

 ずれていたピントが合ったなら、もう大丈夫だ。ガロの中でぶれていたものは、クレイの本音の炎が正してくれた。だからクレイの中でぶれていたそれも、ぶれを知ったガロが殴って治してくれた。やり方が力技で、ちょっと乱暴だけど。

 

 映画のラストで、「この街はこっからだ」とガロは言う。大きな声で叫ぶので、後ろで座り込んでいた彼の人の耳にも入ったことだろう。そう、こっからだ。この街だけじゃない。

 

 クレイとガロだって、こっからだなのだ。