140字以上メモ

n史郎がツイッター字数制限以上のつぶやきをしたいときの置き場です。

クレイの野望はどうしてくだらないのか?

クレイの行いたかったパルナッソス計画は、ガロに「くだらねえ野望」と一蹴されている。一見するとクレイのやりたかったことは確かに及第点狙いだったかもしれないが、くだらないとまで扱き下ろすほどか?と疑問に思わなくもない。

でもガロが「くだらない」と言うからには、ある考え方で見ていけばクレイのやろうとしたことは極めてくだらないはずなのである。

 

私は別の考察で、「クレイは自分の罪の清算のために人類の救世主になりたかったが故に動機と手段と期待する成果がしっちゃかめっちゃかだったので、真剣に人類と地球を助けようと思ったガロからすればそれはくだらなかった」といったことを書いた。

 

m0n0sprecher.hatenablog.com

 

それはそれとして、今回は「クレイが一万人を選別する」ことにスポットをあてて彼の野望のくだらなさを見ていきたい。

 

パルナッソスとはノアの箱舟だけれどクレイは「誰」なのか?

作中、パルナッソス見学コースの最中、クレイは眼前のパルナッソスとその計画をかの有名な神話「ノアの箱舟」に例えた。この記事の中でポイントになる部分、つまりプロメア 世界のパルナッソス計画とノアの箱舟がリンクするのは、以下となる。

①堕落した地上の人間を一掃するために神は大洪水を企てた

②しかし、「神と共に歩んだ正しい人」であるノアおよびその家族には自身の計画を告げ、これを回避し得る箱舟を作るよう命じた。

③そしてその船にノアおよびその家族、そして(おそらく人以外の)全ての生き物から雄と雌の一対ずつを箱舟に乗せるよう命じた

④ノアは指示通りしたがって、自分と家族(妻と子と子の妻)と(おそらく人以外の)全ての生き物から雄と雌の一対ずつを箱舟に乗せた

ノアの箱舟のストーリーはここを参考にしている。この記事での「ノアの箱舟」は以下のページのものとしたい。

https://www.wordplanet.org/jp/01/6.htm#0

 

 

さて、ポイントなのはやはり箱舟に乗ることを許された選ばれた者だろう。

神話では、あくまで選び手は神であり、しかも人間として搭乗を許されたのは「神と共に歩んだ正しい人」であるノアとその家族というごくごく限られた一部のものだけだ。一万人にも及ばない。「ノアの箱舟」と名付けられているあたりノアが神の代理として搭乗者の選定権を持っていそうだが、これも実はそんなことはなくて、どうやら神の言いつけを守って代理執行しているにすぎないようである。(一部、動物の選定においては自己の判断で取捨選択していた可能性はありそうだ)

 

この点、クレイはどうだったかというと

①大洪水(=地球のマグマの暴走)を予見した神(=デウス)を殺し、神が非推奨とした方法を持って独断で大洪水からの逃亡案を企てた

②神の非推奨案(=プロメテックエンジン)を用いれば大洪水(=地球のマグマの暴走)の日を早めることを承知の上で計画を走らせた

③自分の基準で箱舟を作り、自分と同種である人間を自分の基準※で選定した

 

となるわけだ。ガロが「くだらねえ」と初めて口にしたのは確かパルナッソス甲板で絶対零度宇宙熱死砲を食らっている時、つまりデウスから全て聞かされた後(まだクレイがバーニッシュとは知らない)なので①〜③はガロの中の<事実>とも齟齬がないはずだ。

※確か某トークショーイベントでクレイの1万人選定はランダムだったとコメントがあったが、ガロはそれがランダムかどうか知る由はなかった。さらにエリスと接触した時、エリス自身から「アイナのためならなんでもやる」という趣旨の発言を受けており、そこからエリスの肉親枠でアイナが搭乗者になっている=選抜市民には一定の基準があると推測していた可能性は高い。

※クレイがランダム選定していたとしても、年齢や健康状態、生殖能力等「移民後の生活に適しているか?」という指標が設定されており、その指標の設定は少なくとも「クレイの基準」となるのでやはり自分の基準で選んでいることに他ならない。

が、私のソースがショーに参加された方のレポートツイート頼みなので、ここの記事では少なくとも「年齢や健康状態、生殖能力等「移民後の生活に適しているか?」という指標が設定されていた」という仮定の元で考えることとする。

 

ここまで整理するとよくわかるのだが、クレイは神殺しの上でノアと神の一人二役をやっている。これは、ノアが(あくまで神の代行として)動物(こういう言い方はよくないが、人間が人間より下等だと思っている生き物)の中から雄と雌を一頭ずつ選んで搭乗させたのに対し、クレイは同種の人間を選定していることからも伺える。

ノアの箱舟では、神はワンランク下の人間代表としてノアを選び、そのノアに動物代表を選ばせた。クレイはクレイ自身が同ランクの人間を選んでいるので、自分以外の人間を下のランクにおいているか自分を一つ上のランクに置いているのかのどちらになり、クレイが神とノアの一人二役ならクレイは人間よりワンランク上なので整合性が取れるのだ。

 

でも、気づいて欲しい。クレイは神じゃない。人間なのだ。

ここがクレイの愚かさで、くだらなさで、故にガロが怒った部分だと思うのだ。

 

人が人の生を決めることは原則許されない

もう、これにつきるのだ。

たとえクレイが司政官であっても、財団理事長であっても、人であるクレイが同じ人の生き死にを決めることは、何があっても許されない。

じゃあ医者やレスキューは?彼らだって人の生き死にに関わるではないか。それはそうだ。でも彼らは人の生き死に関わることはあるかもしれないが、彼らの基準で生き死にを選ぶことはない。病を直す、命の危機に瀕している人を助ける、つまり中心から死の方向に寄っている人をどうやって生の側にもってくるかというところで尽力している人たちで、寄せる方向は常に生だ。終末医療などはその限りではないのかもしれないが、それはあくまで患者やその親族の意志があってのことで、医者が独断でそんなことを決めないしそんなことを決めたら大問題でニュースになるのを皆わかっているはずだ。

そして前提として医者もレスキューも資格や免許がいる。人の生き死にに関わる仕事に就くための許しを皆得て働いているのだ。

でもクレイはそうじゃない。すくなくともどれだけ逆立ちしたって、プロメポリスの一司政官が全世界の人間から一万人の生を選ぶ権限なんて絶対にないはずである。

 

これはどういうことか?

つまりクレイのパルナッソス計画自体が「ありえない前提」に基づいた作戦だということだ。クレイはそもそもの大前提である「人が人の生死を選定することはできない」というルールを犯したところから始まっている。そしてこの計画が全人類の同意の元でなされたわけもなく、ごくごく一部の限られた人間の独断と偏見で遂行された秘密裏のものであることも明らかだ。

そのあり得ない前提の上に立つあり得ない計画を当然のようにクレイは宣うので、クレイの計画は「くだらねえ野望」なのではないか?と私は思ったのだ。

掛け算の世界では、ゼロをかけたら相手がどんなに数字が大きくてもゼロだ。クレイの成し遂げようと思ったスケールは「分不相応で身の程を超えた望み」だ。でもその前提が馬鹿げて無価値で無意味だから「くだらない」というゼロがかかるのだと思う。

 

そして、そのくだらなさを誰より知っているのはガロだ。

ガロは、ある日突然家が燃えて、そこから生き延びた男の子だ。私の想像だけれど、回想シーンで燃えた範囲の広さから言って多分両親は死んだのではないかと思っている。家族は死んだけれど自分は生き残った。それは圧倒的に無慈悲で、人の力でどうこう選べる域を超えている。

レスキューになってからだってそうだ。薬品倉庫に取り残された女性研究員を身の危険を顧みずレスキューギアもなしで、かつて自分の両親を黒焦げに燃やして殺した炎の中へその身一つで突っ込んで助けたっていうのにその人は明らかに望まぬ形でバーニッシュになってマッドバーニッシュに連れ去られ、クレイの人体実験でぼろぼろにされて死んだ。

シーマがあえて前日譚で「ガロが初めて助けた人」として描かれるのは、助けた誰かに傷つけられることの可能性、助けたことが助けられた人にとって望ましい形にならないことの可能性、命がけで助けた人が助けたことでより苦しい結末を迎えてしまう可能性、その「人の生き死にはやっぱり人がどうこうできる次元の話ではない」という厳しさの描写なのではないかと思うのだ。

それでも目の前に死にそうな人がいて危ない目にあっている人がいたら片っ端から助けに行かなければいけないし、そこで「助けたことでこの人が余計に苦しくなったらどうしよう」とか「この人は助けることにしてあの人はムカつくからやめよう」とか悩んだり選んだりする隙もないし、とにかく目の前のことに一生懸命になって目の前の人を助けるという地道で真摯で報われない必死の行動しかない、とガロは誰より知っているのだ。

そして、それはクレイだって同じだとガロは思っていたはずなのだ。

だってクレイは、目の前の家が燃えているという理由で、その家の中で生きている人が誰もいなくて下手をすれば自分が巻き添えで無駄死にするかもしれないのに、それでも火の中に突っ込んで左腕を捨ててまでガロを助けてくれた人なのだから。ガロの憧れの人なのだから。

だからガロは怒ったのだ。地位と金を得てすっかり人が変わって、目の前の何かではなく遥か高いところから神の目線でものを語るようになったクレイにがっかりして怒って、そして「人が人を選ぶ」なんて絶対にやってはいけないことを「させたくなかった」のだと思う。それがクレイの非道を許さないというセリフに詰まっているのだと思う。

ガロは信じていたのではないか?クレイが「くだらない野望」から目を覚ましてくれることを。だってクレイがガロのことを目障りだったと喚いて殴って独房にぶち込んで地球に置き去りにしようとしていても、あの日見ず知らずの燃える家の中に生身で突っ込んでガロを助けてくれたあの日は本当のはずなのだから。あの日が本当なら、クレイの中にもいるはずなのだ。ガロがクレイの行動を「くだらない」と言える理由を理解し同意し、本当はわかっているクレイが彼の中にまだ居るとガロは信じていたのではないかと思うのだ。だって、人を救うことをガロに教えてくれたのはクレイのはずだから。

だから「消す」だけなのだ。クレイのくだらない野望の炎を消すだけで、クレイを殺すわけでもクレイを倒すだけでもなく、クレイが抱えるくだらない野望の炎を「消す」だけなのだ。消せばその中から現れると思っていたから、あの日自分を助けてくれた「本当の」クレイが。

 

そんなクレイは最初から居もしなくて、それこそ「くだらない」ガロの幻なのだけれど。

 

クレイ・フォーサイトが守りたかった秘密の話

※この記事にはSpoon.2Di vol.53およびFebri vol.57のインタビューバレがあります。

商品リンクを貼っておくので、みんな買おう!

(Febriはkindle版ならありそう…)

Febri Vol.57

spoon.2Di vol.53 (カドカワムック 793)

Febri57で(Spoonでも指摘されていたことだが)言及されたクレイの情報操作について考えたい。クレイの情報操作とは、意図的にバーニッシュはミュータントだという誤情報を流したことを指す。

なるほどねと思いつつ、「何で?」が付きまとってくる。何でクレイはわざわざそんな情報を流す必要があったんだ?というわけでだ。

例えばクレイが劇場版ワンピースに出てきそうな典型的な独裁者系ラスボスならこんな疑問も浮かばない。現時点で社会を揺るがす脅威(完全制御できない発火衝動を抱えていることは事実なので)を実際以上に煽り立てることでヘイトの的とし、民衆の不満感情のはけ口にしたかった、ということなら全く疑問も浮かばない。が、クレイはそういう人間じゃないこととは誰もが知っている。

だってこの男、人類の99.9%以上を捨てて新天地へ逃げる気だったのだ。だとすれば、ぶっちゃけ捨て行く星の治世も捨て行く星での自分の支持率もそんなのどうでもいいだろう。そう、プロメポリスの司政官の座はクレイのゴールではない。ツールだ。誰もツールの繁栄と維持に腐心はしないと思うので。

 

ということで、なぜクレイがバーニッシュ=ミュータントという情報操作をする必要があったのかを考えていこう。

 

バーニッシュ=突然変異のミュータントであるときのクレイのメリットは何だ? 

Febriのインタビューから、バーニッシュとは本来どんなものなのかを以下に記載し、この記事内でのバーニッシュの定義とする。

※実際「脚本家がどう意図していたのか?」というのはFebriの記事全文を通して読んで初めて実感できることである。なので当然であるがこれは「脚本家の発言」ではなく「脚本家へのインタビュー記事を私が読んでこうであろうと推測したこと」にすぎないと留意いただきたい。

①バーニッシュは普通の人間であり、ミュータント(=先天的に人類と異なる存在)でもなければ、人種・セクマイ(=先天的要素)と同列でもない

②例えるなら後天的に発症する感染症のようなもので、偶然プロメアに対して敏感な人がバーニッシュになる

上記2点がバーニッシュについての真実だとして、これをデウス博士は知っていたし彼の配下にいて世界の秘密を唯一告げられたクレイも当然知っていたわけだ。

クレイの情報操作の内容とは以下の通りだ

(ア)バーニッシュとは30年前突然「出現」した炎を操るミュータントである

(イ)バーニッシュが起こした大火災で世界は大打撃を受けた(≒世界同時大炎上はバーニッシュが起こした厄災のようなニュアンス≠少なくとも大規模パンデミックによる大型二次災害とは受け取れない言い回し)

(ウ)バーニッシュの出現から三十年経った今、地球のマグマが暴走している(≒地球のマグマの暴走すらバーニッシュが原因と受け取れるニュアンス)

 

この情報操作で得られた結果とは、おそらく「非バーニッシュの人間が向けるバーニッシュに対する悪感情の増加、自分たちとは異なる生き物(ひいては人外の化け物)という意識づけ」である。

そして恐ろしいのは、バーニッシュは実際は後天的な「病気」であって先天性がないことから(ただしプロメアとの共鳴のしやすさは遺伝するのかどうかは不明)、上記の思い込みを植えつけられた人間がそのままバーニッシュになってしまう。

なので、「自分は化け物ではない」と自信を持って言える人や、自分がバーニッシュであることにアイデンティティを見出したりいっそ自分をバーニッシュという選民だとプラス方向で認識できるパターンは少ないだろうということである。つまり、自分たちの境遇に対して強気で反抗できるものは少なく、大半が泣き寝入りや逃亡に寄ると思う。

※これについては、過去記事で触れている。

 

m0n0sprecher.hatenablog.com

 

この環境からクレイが得たものは何だろう?「バーニッシュには何をしてもいい。なぜなら彼らは原罪を背負った化け物だから」という認識の流布は、一体何をもたらすのか?

少なくともフリーズフォースの発足に対して文句を言う人の数は相当減ったのではないかと私は思うのだ。端的に行って、燃料の確保が格段にやりやすくなったのである。

 

人じゃないバーニッシュをどう扱っても「人道」には反さないという環境づくり

映画視聴者の誰もが思ったことだと思うが、バーニングレスキューとフリーズフォースって職務内容がかぶり気味だ。

普通に考えれば消防の部署の中に対バーニッシュ火災部を作り、さらにその中で前衛(バーニッシュ戦闘メイン)・後衛(救助メイン)的に分割して、適材適所で人材を募集すればいい。わざわざフリーズフォースという全く別の組織を立てる必要がどうしてあるのか?というわけだ。しかも見るからにバーニングレスキューとフリーズフォースは連携が取れていない。おそらく全市民の中で一番攻撃的バーニッシュとの接触の機会が多そうなのがバーニングレスキューだっていうのに。

これは真意を理解すれば当然で、フリーズフォースとはパルナッソス計画における資材部だったのだ。全然別会社の全然違う部署の人たちなので、そりゃ連携も取れないし職場がかぶり気味でも統合するわけもない。が、これは本音も本音なのでそんなことをおおっぴらにはできない。

例えば、「バーニッシュとはプロメアとの高度共感がもたらす人体発火を伴う病気だ」と発表されたとする。そしてバーニッシュと非バーニッシュの接触でプロメアは感染せず、ただその人が持つ「バーニッシュとの共感度数」だけが因子であり、つまり無差別的に拡散する可能性は大きい。自分が明日バーニッシュになる可能性は大というわけだ。

この状況でバーニッシュを捕獲するフリーズフォースの発足が市民に許容されるかと言ったら、多分NOだと思う。インフルエンザの感染者を片っ端から逮捕するインフルエンザフォースが発足されると聞いたら私ならふざけんなとぶちぎれる。

少なくとも、マグマが暴走して余命いくばくもない地球から一刻も早く逃げなければならないクレイにとって、このバーニッシュ=誰でもかかり得る感染病という認識下で、効率良く「資材部」を立ち上げ資材を滞りなく不足なく調達することは困難だったはずだ。

しかも、プロメテックエンジンが完成したのは計画も大詰めの頃で、きっとフリーズフォースが発足した頃なんて絶賛実験中だっただろう。むしろ実験ネズミの大型仕入れが必要だから立ち上げたのではないかとさえ思う。

つまり、バーニッシュをあの謎の回転装置に入れてぶんぶん回す実験も、はたまたその前段階の生きた状態で体をいじくりまわす系の実験も、やることは山ほどあって人でも足りないし時間も足りない。だからあの人道も裸足で逃げ出す実験の担い手も必要だったわけだ。クレイは大丈夫なんだろうが、まあなかなか「この実験を成功させないと人類全部死んじゃうけれど、この実験がうまくいけば1万人だけ救えるから偶然病気にかかってしまっただけのバーニッシュを生きたまま解剖してよ」と言われて「ハイ!」と元気に言える人もいないだろう。「無理やりさらってきた病人を生きたまま何十人何百人と解剖して結局救えるのが一万人だけなら、もうみんなで死んだらいいじゃないですか?」となるではないか。

が、それがラットだったら?

「この実験を成功させないと人類全部死んじゃうけれど、この実験がうまくいけば1万人だけ救えるから、この生まれながらの原罪持ちのラットを使ってどうか人類を救うために尽力してよ。大丈夫。そもそもこいつらが好き勝手やらなきゃマグマの暴走だって起きなかった。払うべきツケを払わせるだけ。正当性はこっちにあるでしょ。ただそれでも覚悟は必要だからそれだけちょっと持ち寄ってくんない?」

相当印象が変わると思う。

だから、クレイは「バーニッッシュなんてこの世からいらない」「バーニッシュなんてどうなったっていい」と思われる空気を作る必要があった。それが情報操作の目的だったのだと思う。

 

情報操作はバーニッシュと手を組む選択肢を潰す諸刃の剣だ

唐突だが、デウス・エックス・マキナって何だったんだ?

あれはバーニッシュに苦痛を与えず、彼らがプロメアと共鳴することで異次元から引き出すエネルギーを用いて駆動するロボだ。映画を最後に見たときからだいぶ時間が立っていておぼろげだが、デウス・エックス・マキナがパルナッソス甲板に最初突っ込んでくるあたりでビアルが「こっちのプロメテックエンジンより出力が高い」的なことを言っていた気がする。(おぼろげなので違っていたらスルーで…)

パルナッソスが詰んでいるのが平バーニッシュで、デウス・エックス・マキナが詰んでいるのが神クラスバーニッシュ、もといリオという条件の違いもさることながら、やはり真のプロメテックエンジンの方が異次元からプロメアのエネルギーをこっちの次元に持ってくる効率が良いのでは?と思うのだ。

が、これでは真のプロメテックエンジンがすごいよねという話でどうしてデウス・エックス・マキナが存在するかの理由にはならない。

ガロとリオはデウス・エックス・マキナに乗り込みクレイのクレイザーXを下し、最終的にガロデリオンとしてプロメアの燃焼本能を「何も燃やさないまま」満たしてやることで地球を救った。この「何も燃やさないまま」ということを実現できたのがガロの火消し魂だった、というわけである。

でもこれは結果論である。結果論というか、デウス・エックス・マキナがあったらかそういう選択肢をガロとリオが取れたわけで、じゃあ本来デウス・エックス・マキナは何のためにあったんだ?という話なのだ。デウス博士のホビー趣味かもしれないが、そうでないならなぜあんなものが存在していたのだ?

これ、あながちガロとリオが選んだ使い方が「間違ってなかった」のでは?と最近思うのである。

つまりデウス・エックス・マキナとは、プロメア時空と現在時空を繋ぐ最も効率の良い変換装置兼集積装置で、最もプロメアとのシンクロ率の高いバーニッシュにこれに乗ってもらうことで本編終盤で起きていたのと同じことを実現しようとデウス博士も狙っていたのでは?という話だ。そのための装置としてデウス・エックス・マキナは存在し、ガロとリオは偶然にも「正しく」使えてしまった、という話だ。

このことを考えると、クレイの選んだ情報操作作戦は致命的だ。彼の作戦はバーニッシュとの協力の可能性を真っ先に摘むものだからだ。ガロとリオが垣根を超えてお互い手を取れたからよかったものの、普通ならクレイの情報操作作戦が始まった時点でこの選択肢はないものとなる。

不思議な話なのだ。というのも、クレイはデウス・エックス・マキナの存在を知っていた以上、真のプロメテックエンジンの構想も知っていたはずだからである。クレイの情報操作は彼が財団トップとしての地位を築き司政官として表に立ち出してからと思われるので、真のプロメテックエンジンの存在を知っていた上でそれを待てない(プロメテックエンジンを公表しない博士に任せられない)として彼を殺害し研究成果を奪って、情報操作という決断を下した時系列が可能性として高いと思う。

なので、クレイは真のプロメテックエンジンを用いた一万人以上を救う作戦(納期未定)を蹴った可能性が高い。本当に不思議なのだ。なぜなら彼自身がバーニッシュだからだ。彼がバーニッシュに虐げられただけの非バーニッシュなら、例えばガロのような立場の人間ならその決断もわかる。ようは自分を傷つけた生き物を仲間として認めることもできなければ信じることもできないという理屈だ。

でも何度も言おう、クレイはバーニッシュだ。某イベントのレポートをちらっと見た限り、ガロの家を燃やしたのは学生時代でデウスの元で研究するシーンは「仕事」なので、覚醒→研究の時系列で合っている。彼自身がバーニッシュで、しかも相当自制心が強いタイプの強力なバーニッシュなのだとしたら、むしろその可能性、つまり真のプロメテックエンジンにかけたって良かったと思う。クレイ・フォーサイトが人類救済に真剣な男であると思えば思うほど、どうして彼が真のプロメテックエンジンを信じられなかったのかがわからない。

真のプロメテックエンジンはバーニッシュ(=プロメア)にストレスをかけない分マグマの活性化スピードも落ちる。つまり時間が稼げる案だ。作中プロメテックエンジンが完成したのは大分後。時を同じくして(量産こそ体制がなくできていないが)真のプロメテックエンジンも実用レベルで出来上がっている。天才デウスが生きていて表に立って指揮ができていたなら間に合ったのではないかとさえ思う。つまりこっちの作戦の時間的リスクについても結果論かもしれないがプロメテックエンジンとトントンだと思うし、プロメテックエンジンで人類の半分が救えるならまだしも助けられても1万人なら全員救えそうな案に賭けたって悪くない。しかも1万人救える案は病人の体を爆速回転装置にぶち込んでエネルギーを死ぬまで搾り取る極悪機構の運用が前提だ。ありえないだろうそんなの。

それでもやっぱりクレイ・フォーサイトは真のプロメテックエンジンを選ばなかった。なぜだ?自分こそが救世主になりたかったから?そういう視点の考察は以前書いたので、今回は別視点で考えてみたい。

真のプロメテックエンジン案、つまり本編ラストの様な総バーニッシュ協力体制を用いた作戦を決行するためには誰かがバーニッシュとのパイプ役になる必要がある。本編ではガロがそれを担った。ガロがマッドバーニッシュのリーダーであり尋常でないプロメアシンクロを誇るリオと協力し、リオが仲間に呼びかけ協力を仰いだ。それを、ガロとリオ抜きで誰かがやらねばならない。うーん、誰だ?いや迷うまでもない。クレイだ。クレイがそれを担えばいい。クレイの素晴らしいところは、彼は作戦サイドに身を起きながらも同時にバーニッシュであるところだ。うってつけじゃないか。何が困るんだ?

大いに困るんだ。それは大いに困る。なぜならその時クレイは自分がバーニッシュであると告白しなければならない。何がいけない?情報操作はなされていない。バーニッシュ研究の権威であるデウス博士に「バーニッシュとは病気だ。そして世界を救うためにはバーニッシュの強力が不可欠だ」と宣言してもらえばいいだけの話だ。何がいけない?何が困る?

それでも大いに困るのだ。

だってクレイはガロの家を燃やしているから。

 

人類の99.9%以上を捨ててでもクレイが守りたかった秘密

それが「ガロのヒーローはガロの家を焼いた放火魔だった」という真実だとしたら、こんなことってあるだろうか?

困ったことに、この線を追っていくとクレイが全くガロを殺せなかった理由にもなんとなく察しが着いてしまう。そりゃそうだ。非人道装置で全バーニッシュを燃えカスになるまで使い尽くしても人類の99.9%以上をマグマの海に沈めることになっても、それでも自分が焼いた家の生き残った男の子のヒーローでい続けたかった男が、どうしてその男の子を殺せることがあるだろう?

クレイがガロを目障りだと殴ったあのシーンは、ここまで来て思い返すとまあ感慨深い。多分この男、最後までガロのヒーローでい続ける気だったのだと思う。けれど、ガロが先に気づいてしまったのだ。クレイがおかしいこと、クレイがヒーローなんかじゃないことに、ガロは気づいてしまった。絶対にバレたくないと思ってあの手この手で方々尽くしたっていうのに、何の事は無い。ガロは自力で真実のかけらにたどり着き、「お前おかしいぞ」と核心に近い部分を看破してきた。そりゃまあ、やけになってブチギレて殴って怒鳴っても、まあそうだろうなという感じだ。

計算通りに進む私の人生の中でお前だけが計算を狂わせる。

なるほど。これほど言い得て妙もないだろう。

リオは残酷なまでの強者だから「バーニッシュは人を殺さない」と言える

※この記事にはリオ編のネタバレが大いに含まれます。リオ編感想記事なので、まずはリオ編を見てください。

 

私はプロメアを初めて見たのが6月下旬だったので、ガロ編、リオ編を特典として閲覧できなかった。ガロ編だけは期間限定のgyao配信で視聴したが、リオ編だけは見逃した状態だった。

 

先日のプロメア売り上げ10億記念でガロ編、リオ編が劇場でも上映されることになり、私も例に漏れず見に行った。多分…これで8回目くらい。

そして、リオ編を閲覧してリオの見方がガラッと変わってしまった。これはリオ編を見た人と見ていない人では相当感じ方が変わるのではないか?と思い、この気持ちは記しておきたいと思ったのでメモ的に書きなぐっていきたい。

 

 

バーニッシュは自分たちをバーニッシュと認められないから弱い

半端にかじった程度でこの例えを出すのもおこがましいと思うのだが、私はプロメアのバーニッシュを最初見た時、東京喰種に出てくるグールを思い出した。本当に最初の方の漫画を友人から借り、面白いな、とかじった程度なので詳しい説明は避けるが、言いたいことは以下の二点だ。

バーニッシュは

・通常の人より身体的に優れた能力(一対一で戦ったら相手に勝てる能力)を有している

・けれどその能力を活かして、常人にマウントを取ることができないどころかマウントを取られている

というわけである。

これってよく考えると不思議だ。

バーニッシュはその気になれば徒党を組んで非バーニッシュを制圧し、何だったらその力を持って非バーニッシュを奴隷のように従えるだけの力があると思う。ピストルを持って、丸腰の人間に突きつけ「動くな!」と脅せば大抵言うことを聞かせられる。それと同じだ。

これがまかり通らないということは、おそらく以下のような条件が揃っているからだと思う。

・一対一なら優位に立てるが、そもそもバーニッシュは母数が少ないので数の原理で負ける

・非バーニッシュも武装さえすればバーニッシュに対抗できるし制圧できる力を行使できる(これはフリーズフォースで証明されている)

・バーニッシュの中で自分を「バーニッシュ」に帰属させられることのできる人間は少ない

で、一番大きな要因となっているのは、この

・バーニッシュの中で自分を「バーニッシュ」に帰属させられることのできる人間は少ない

というものなのだろう、と私は思っている。

これを大変うまく表しているのがシーマだ。彼女は火災から救助された直後、自分の意思とは関係なくバーニッシュに覚醒してしまう。覚醒の瞬間はガロ編で描かれているが、その時点でも自分がバーニッシュであることを受け入れられていない様子だった。

ここから何が言えるのか?つまりバーニッシュたちはもともと非バーニッシュであったので、よほどの思い切りがない場合自分の帰属先を「非バーニッシュ」で固定してしまうのはないか、ということだ。

彼・彼女らには「私はバーニッシュだ」と言えるだけの強さはない。自分がバーニッシュになったことが誇り高い運命とか選ばれた人類になれたとか、そう言う風にポジティブには捉えられない。彼・彼女らからすれば、自分の右腕が望んでもいないのにある日突然制御の効かないピストルになってしまったという恐怖しかないのだ。便宜上、この状態を「病」と称することとする。

だが、実際起こった現象は、①発火するようになった②コントロール可能な部分もあるが、暴発するときもある③けれどその炎で自分が傷つくことはない この3点の条件付きの力を手に入れたと言うだけなのだ。

この③=この力の行使によって自分の身体が損なわれるリスクはない、という条件が効いていて、よく考えなくてもこの力のどこにデメリットがあるんだ?と思えないだろうか。俺はすごい力を手に入れてしまった、物理バトルに持ち込めたら負けることはない。覇権を取れるぞ…!と、どうして思えないのか?

それはやっぱり、その力を有していても自分の帰属を「非バーニッシュ」から動かすことができないからだと思う。バーニッシュの力を「病」とみなすのは、非バーニッシュの視点だ。自分の視点が非バーニッシュから動かせないから、バーニッシュは弱い。その凄まじい特殊能力を活かすことができないまま忌み嫌って終わっている。

彼らはどことなく、自分たちがはみ出しものだと思っている節がある。これは本当に変な話だ。バーニッシュは別にはみ出しものじゃない。バーニッシュという枠の中で見たら全くはみ出さず収まっている。

バーニッシュをはみ出しものだと言えるのは、観測者が立っている枠の中にバーニッシュが入っていないからだ。だから、バーニッシュは自分の観測地点がバーニッシュであると理解できてれば、その枠内の自分たちをはみ出しものだと言うことはない。むしろ、非バーニッシュがはみ出しものだ。プロメアに選ばれなかった劣等生物が非バーニッシュである。何の力も持てず己の身も守れない弱者。

そう思えることもできたのに、そう思えない。それはなぜかというと、バーニッシュが生まれ持って得た力ではなく後天的に覚醒して出来上がる人々だからに他ならない。

この力をポジティブに解釈することが凄まじく難しいから、バーニッシュはただ虐げられる存在になってしまうのだ。

 

だって彼らが自分を選ばれた存在だと思い、非バーニッシュを下等動物だと見ることができれば別に全部焼いてしまえばいいではないか。蚊を殺して号泣したり罪悪感を覚える人はそんなにいないと思うので。

 

自分がバーニッシュだと言えるリオ

そんな中で、自分たちの帰属先をバーニッシュと認識し、自分たちを追ってくる政府から逃げ、自分たちの村で生きようとする少年がいる。リオだ。

リオの炎を操る力はダントツだ。そのダントツさもあって彼はバーニッシュたちの頭をやっている。(実際はマッドバーニッシュの頭領だが、事実上マッドバーニッシュがバーニッシュをまとめているのでバーニッシュ全体の頭と見ていいだろう)

リオの主語は仕切りに「バーニッシュ」になるし、彼の仲間意識というか「バーニッシュというくくり」の意識は強い。他のバーニッシュが自分の立ち位置と視点がちぐはぐなのに比べ、彼は立ち位置と視点が一致している印象を受ける。

そのせいか、ガロとリオのやりとりは一種の異文化コミュニケーションに見えて、これはやはりリオがバーニッシュという人々を「バーニッシュも人間だ」と言いながら、「バーニッシュは非バーニッシュとは異なる」と規定できているからだと思う。

大阪の人は日本人だ。でも東京の人とは視点も言葉もエスカレーターの立ち位置も違う。同じ日本人だけど僕たちは違う。そういうことである。

 

私は、このリオの「バーニッシュというくくり」の意識は、言い方が最低ではあるが被害者感情から生まれているのだと思った。

自分たちは同じ日本人のはずなのに、クラスの友人からは「リオ、喋り方変〜!」「マクドって何?おかしい〜!マクドナルドはマックでしょ〜!」といじられ続ける。周りの関西からの転校生はみんな泣き寝入りだ。おいこんなのおかしいぞ、僕たちは変じゃない、僕たちの言葉を使っているだけだ!

こういう感情が前に出てリオはバーニッシュという括りを意識するようになり、リーダーを張ることになったのだと思っていた。

みんなが泣き寝入りをする中、リオはどうやら他の仲間たちより力がある。前に出るなら自分しかない。同じ悲しみを抱える人たちを代表するから、リオはその代表者としてバーニッシュを背負っていて、だから誰よりバーニッシュという括りを自負している。

なので、リオは弱者の中の強者だと思っていたし、リオもその意識があるのだろうと思っていたし、この7回映画をそういう風に見てきた。

でも違った。全然違ったのだ。リオは、ただ単純に強かったのだ。そしてこれは、あまりにも残酷で無慈悲で絶対唯一の法則だった。

 

誰にも虐げられないからリオは強い

問題のリオ編を見た。

リオ編とは言ったものの、実際はメイス・ゲーラ編と言った方がいいのではないか?と思うほどリオの出番は少ない。フリーズフォースに追い詰められたメイス・ゲーラを助けるためにどこからともなくリオが現れ、バーニッシュアーマーを纏うこともなくヴァルカンを圧倒する。ちなみにメイスとゲーラはバーニッシュアーマー装着後でも全然歯が立たなかった。

この時、フリーズフォースを倒すチャンスにも関わらずリオは「殺してはいけない」とメイス・ゲーラを諭す。バーニッシュは人を殺さない、というリオの信念がここで出てくる。

私はこのシーンを見て、心底ゾッとした。そして、リオというキャラクターがどうしてあんな真っ黒な龍になるのか、わかった気がした。

 

リオはどうして「人(=非バーニッシュ)をむやみに殺さない」と言えるのか?これは単純に、自分たちバーニッシュがその気になれば非バーニッシュなんて簡単に殺せるほど自分たちは本来強者であると「わかっている」からだし、リオにとってはその通りだからだ。

同じことをもう一度書くが、リオはリオ編でバーニッシュアーマーを纏うこともなくヴァルカンを圧倒する。本編でも不意打ちの連鎖型凍結弾がキマったからピンチに追い込めたが、結局これも自分でぶち壊して真っ黒な龍になって街を襲いにくる。

リオは、強さの次元が違うのだ。神と人くらい違うと思った方がいいのだと思うし、少なくともリオの視点はそうなのだと思う。

リオが炎の声を聞くことがバーニッシュの宿命だと言う時、正直「何言ってんだ?」と思った。言っている意味がわからない、というより、どうやったらそういう割り切り方になるんだ?と思った。

でも、リオが神の力を手に入れてしまった、という見方をすればわかる。

世界の誰にも及ばない絶対無敵の力を有した人々がバーニッシュだと思えるのなら、炎の声を聞くことも、もっと燃えたいと言う炎の願いを叶えてやることも「宿命」と思えるだろう。だってリオからすれば自分たちの力は病気なんかじゃなく「選ばれて得た力」だからだ。自分たちは神の使いだと思えるなら、リオの言い分はわかる。

そしてリオがこう思えるのは、リオの力が「強い」からだ。リオの力が弱かったら、リオも他のバーニッシュたちと同じくバーニッシュの力は「病」だったはずだ。

だた、これだけなのだ。これ以上でも以下でもないだろう。

 

おそらくなのだが、リオはある日突然炎を操る力を手に入れた時、今の状態に近いくらいのとんでもないパワーが出せたのだと思う。つまり訓練して今の状態に持って行ったのではなく、最初からこれだったのだろう。

だから、リオも最初から「とんでもない力を授かってしまった」と思ったと思う。炎を操るという方法だけ教えられ、そのバリエーションや出力、持久力を自分で成長させたなら多分こういう「宿命」とかいうワードは出てこない気がする。

ある日突然真っ黒な炎を操る龍にもなれるほどの絶対的な力を手にしてしまった。どうして自分がこの力を手にできたのかはわからない。だからリオは理由を後付けした。自分はこの炎の声と願いを叶えるために選ばれた。そして、同じ宿命を背負う同胞を導く者となるためにこれだけの力を与えられた。

こう言う思考回路になっていたなら、唐突にゲーラやメイスたちを助けに来た理由もわかる。だってリオからすればそれが自分の生きる理由だからだ。

 

リオは「人(=非バーニッシュ)をむやみに殺さない」と言えた。自分たちを襲ってきたフリーズフォースにも言えた。これは心が綺麗だからとか誇がどうとかそんな綺麗事ではないのだと思う。少なくともあの時点では殺さなくても勝てるし、非バーニッシュが自分にとって殺すほどの脅威でもないからそう言えたのだ。

部屋の中にいる蜘蛛を気持ち悪いと言う理由で殺すな、それと同じ理屈があの台詞の中にあったのではないかと思うのだ。

 

だからリオはクレイだけは許せなかった。クレイは、部屋の中にいる蜘蛛は蜘蛛でも毒蜘蛛だ。かわいそうだからとほっておいたら自分たちの仲間を巣に捉えては毒を持って捕獲し捕食する、有害な生き物だ。自分たちの慈悲を無視して好き勝手するクレイは神であるリオの逆鱗に触れたから、リオは真っ黒な龍になって天を駆けた。

 

リオは弱者の中の強者じゃない。リオは圧倒的強者だ。リオは圧倒的強者だから残酷なまでに余裕があって優しい。本当にただそれだけの話かもしれないという恐ろしさを、あのリオ編で私は感じた。

 

 

救世主としてトロッコ問題を解く気がないクレイはピントの合ったガロに「逆ギレ」と言われない

※クレガロ工場から生まれた腐気味のクレイとガロの考察です

 

 唐突だが、考察本にする予定だった考察を、もうブログに載ることにした。

 公式がどんどん情報を出してくださっているので、これは早く出さないとだめだ…とチキってしまった。俺は弱い……

 紙媒体の本は自分用に刷ろうと思うので、余った分をイベント頒布したい。もし、表紙+紙の新書形態でもほしいよ、という心優しい方がいれば、お声がけください…

 

 では、以下妄想を連ねていく。これは、バーニッシュになってからデウスを殺せたクレイについて考えた記事である。

 

バーニッシュになって殺しができるようになったクレイについて 

 クレイ・フォーサイトを考える上でどうしても無視できないのが「クレイがデウス博士を殺したのはガロの家を燃やす前か?後か?」の問題だ。言い方を変えるなら「デウス博士を殺したクレイは只人であったのか?バーニッシュであったのか?」の問題とも言える。

 どちらの視点にも読み取れるヒントらしき描写はあるものの、明確にこの前後関係を示してくれるシーンはないと思っている。なので、どっちで読み取っても今の所オッケーだと思う。

 どっちで読んでも正解なら、どっちでも読んで比べてみるのが性である。本当はどっちの視点でも考えてどっちのバージョンも書くつもりだったのだが、片側だけでそれなりの字数になってしまったので、片側、もとい「クレイがデウス博士を殺したのはガロの家を燃やした後」という時系列を前提に、クレイ・フォーサイトは何がやりたかったのかを見ていきたい。

 

 プロメアを初めて見た日、私は何の疑いもなくクレイはバーニッシュに目覚めてから博士を殺したと解釈していた。自然にこちらの解釈に落ち着いたのは、「バーニッシュに目覚めガロの家を焼いてしまった後(=既に業を背負った状態)なら、クレイは博士を手にかけるという冷徹な決断を下せそうだ」と思ったからだ。つまり、クレイを冷徹にしたのはプロメアであり、もともと冷徹な人間性の持ち主ではないと、そう思い「たかった」からその時系列を無意識に採用したと振り返る。

 が、最近こちらの解釈の方がクレイに容赦がないと思えてきた。クレイに容赦がないというか、こちらの解釈で出発したところ「クレイ・フォーサイトは全然地球を救う気が無かった」という答えに(勝手に)行き着いてしまったのだ。地球を救う気があったクレイは、プロメアが目覚める前に博士を殺している世界線だと思う。

 そして、全然地球を救う気のないクレイ・フォーサイトを考えていくと、もう一つの私の疑問である、とあるガロのセリフに何となく折り合いがついてしまったので、今回はそこもまとめて書いていく。

※この記事ではプロメア世界の総人口を三十八億と仮定している。具体的な数字はあくまで例えなので、スケール感を推し量る材料として汲んでいただきたい。

 

ミイラ取りがミイラになった日

 クレイがデウス博士を殺したのがガロの家を燃やした後なら、やはりバーニッシュへの目覚めが決定的なターニングポイントとなり、博士を殺すに至ったと考える。

 ただ、当たり前なのだがバーニッシュになったからといって燃焼本能に目覚めはしても、殺人衝動には目覚めない。クレイが博士を殺す決意をした決定的な原因を作るきっかけがプロメアだったとしても、プロメアに憑かれた=博士を殺す、の等式は不自然だ。

 したがって、ここからはクレイがどういうルートで博士を殺すに至ったかを検討していく。唐突ではあるが、ガロの家を燃やしてしまうところまでを小話チックに書いてみる。

 

 クレイ・フォーサイトは、バーニッシュ研究の権威であるデウス・プロメスに師事する学生だ。博士には遠く及ばないが、自分もいつか博士に負けないような研究成果を出し、火災対策やバーニッシュ対策に貢献できる人間になりたいと志を高く保っていた。

 が、ある日突然、何の前触れもなくそれはやってきた。何を隠そう、今日という日まで寝食を忘れてそれの研究をしてきたのだ。嫌でもわかる、バーニッシュへの目覚めだ。

 一度そいつが発現してしまえば、もう元には戻らない。上手く付き合っていかなければ。自分が「そう」と口にしてしまった日には、あるいは他人に「そう」と気付かれた日には、これまでの全ても、これからの全ても、何もかも失うことになる。よりによって、なぜ自分が。こんな無慈悲で理不尽なことなんてこの世にあるのか?あるんだな、これが。

 耳元で甲高く笑う幻の鳴き声を聞きながら、覚束ない足取りでクレイは帰路についていた。気を抜いた覚えなんてなかった。ただ、夜更けだというのにその家から聞こえてくる無邪気な子供の笑い声が、鬱陶しいと、そう思っただけだ。

 自分はこんなに苦しいのに、世の中のためになればと全部注いできたのに、自分がダメになるくらいなら、もっとダメになっていいはずの奴だってごまんといるはずなのに、何も知らない子供はバカみたいにはしゃいで、なんで自分が、どうして自分が、なんで、なんで、なんで。

 あ、と気づいた時には耳元の笑い声が脳をキーンと焼いて、小さな火花が散る予兆なんかなく、左腕から一気に燃え上がった。目の前の家が火の海に包まれるのは、一瞬だった。燃やしてしまった快感に脳が酔ったのは、刹那のこと。すぐに後悔の味が胃から湧き上がってくる。取り返しがつかないことをした。この火力だ、逃げられるわけがない。

 ああ、と頭を抱えていたその時に、目の前の扉は開いた。わあ、と大きな声をあげて、一人の子供が飛び出してくる。あちこちにやけどを作って、咳き込む喉で、もつれる足で、ぼろぼろと溢れる涙は地獄の炎を消せやしないというのに、その子供は腕の中に飛び込んできた。彼の家を焼いた男の腕の中に、この子供の笑い声が鬱陶しいとうっかり炎を吹いた男の腕の中に、飛び込んできたのだ。

 消防車と救急車がやってくる。野次馬がどんどん押し寄せてくる。君が彼を助けたんだね。誰かが言った。違う、と言う選択肢は、その時自分にあったのだろうか。「はい」恥知らずの声が舌から転げ落ちる。もう後には引けない。もう進むしかない。僕には帰る昨日はない。

 

 とまあ、わりと綴ってしまったが、こんな感じではないだろうか。

 火災やバーニッシュのテロから人や街を救いたいと思っていたクレイが、不幸にも研究対象のバーニッシュになってしまった。クレイはバーニッシュになって、守りたかったはずの市民であるガロを決定的に傷つけてしまった。セキュリティ会社が情報漏洩を犯したり、ポリ公が児童ポルノで捕まったり、このミイラ取りがミイラになって人に危害を与えてしまう構図は本当に致命的だ。クレイはちょっとやそっとでは償いきれない罪を背負ってしまったわけである。

 だから、クレイはちょっとやそっと以上のことを為して、この罪を清算しなければならない。人類の救済だ。これだけがクレイの唯一にして絶対の救いだ。この救済の日を自らの手で迎えた時、クレイは初めて許される。誰に?わからない。でも許されるったら、許される。

 だからなのだ。だから、クレイは博士が殺せた。

 

保たないのは地球だけじゃない

  クレイは自らの手で人類を救済しなければならない。救済することが唯一の贖罪の手立てなのだから。だがしかし、現実はそこまで甘くはなかった。なんと、博士はこの土壇場でプロメテックエンジンは公表しない、と言い出したのだ。目の前にぶら下がっていた人参を、ちょっと腐っているので、という理由で取り上げられてしまう馬のショックを想像して欲しい。

 クレイはデウスXマキナを見た時、その機体の存在を知っていた様子なので、おそらく博士の構想する真のプロメテックエンジンの存在も知っていたと思う。博士は言ったのだろう、バーニッシュを痛めつける今のプロメテックエンジンではダメだと。それでは地球のコアの暴走を招くので本末転倒だと。だからバーニッシュと協力し合う真のプロメテックエンジンを待たねばならない。え?それができるのは、いつだって?さあ、いつだろうね。

 悲しいかな、腐った人参の代替品が届く日は、世界の誰にもわからなかったし、そんなものがあるのかどうかも未知数だった。でもその馬は餓死寸前だ。腐った人参でも、口にしたいに決まっている。

 

 ふざけるな、とクレイは思ったことだろう。いつだって?さあ、いつだろうね。だと?ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。待てない、私は待てない。バーニッシュと協力し合う?できるわけないだろう。意図的に放火しているなら、まだいい。実際は暴れ出す炎が制御できず、プロメアの言いなりになっているだけだ。コントロールができないのだ。空腹も排泄も何も我慢できず、泣きわめく赤ん坊並みの自制心で、何をどうしろと言うのだ。あなたは知らないだろう、だがお生憎様それは私が一番よく知っている!

 真のプロメテックエンジンは、ミイラになって人を襲ってしまったクレイにとったら馬鹿げた夢物語に違いなかった。

 

 博士からすれば、真のプロメテックエンジン以外に正解はなかった。なぜなら博士は本当に地球と人類の救済を考えていたので。三十七億九千九百九十九万人を捨てて一万人を取って、それで何になる?確かに種としては辛うじて存続するかもしれないが、でもそれが何になる?そんな、普段だったら圧倒的に赤点だけれど今回はテストがとても難しく平均点が超絶低かったので、まあその点数でも大目に見て合格ということで……みたいな答えをぶら下げて、何の意味がある?だったらいっそ零点でいけ。それが嫌なら、あるいは百点でいけ。そして博士は百点でいく天才だったのだと思う。

 けれど、クレイは違う。天才とか秀才とか、そういう話ではない。動機が全く違う。クレイは、人類自体がどうなろうが、地球がどうなろうが、そんなことはどうだっていい。クレイがやりたいのは清算だ。清算の手立てが目下救世主なのでそれに腐心しているだけで、本当は人間も地球もどうでもいい。

 博士の真のなんたらエンジンが完成するのを待つ間に地球がお釈迦になったらどうする?気づいた時には手遅れで、粛々と地球終焉の日を待つだけの時が来たらどうする?私の清算は?私の救済は?おいふざけるな、今だって一分一秒が苦しいっていうのに、待てるわけがないだろう!

 悲しいかな、クレイは恐ろしいほどのせっかちになっていた。保たないのは地球だけではなかったのだ。

 

 だからクレイは博士が殺せた。だって、クレイは人間も地球もどうでもいいから。人間と地球がどうでもよくないなら、バーニッシュになってもガロの家を焼いても、それでもやってはいけないことは一つだけ。バーニッシュ研究の権威でプロメアの正体までこぎつけた天才、デウスを殺すことだ。博士だけが人類救済に直結する希望だった。彼を殺すことだけは、やってはいけなかった。

 でもクレイにはやれた。だって彼が求めているのは人類の救済でも地球の救済でもなく、自分の救済だから。明日にでもほしい救済を延期したり中止したりするやつを、クレイは殺せたのだ。

 

 そしてとても厄介なことなのだけれど、クレイのこの救いを求める心は完全に無意識だ。本人にはそんな気は微塵もないし、彼は全力で人類を救う気でいる。このおかしな矛盾に気付けないのは、クレイが見つめているのが自分だけだからだ。自分のことが大嫌いだと思いながら、彼が見つめているのは常に自分だけだ。自分が嫌いということは、裏を返せば自分に夢中ということかもしれない。好きの反対は無関心で、嫌いじゃない。自分に夢中で自分だけしか見えていないから、バーニッシュも三十七億九千九百九十九万人も、そうした人たちの奪われゆく人生がピンとこない。

 

 このピンボケが彼を追い込んでいくし、果てには地球を追い込んでいくことになる。

 

そもそも救世主的にトロッコ問題を解く気のないクレイ

 クレイは、人類も地球もどうでもよくて、ただただ自分のためにパルナッソス計画を実行に移した。クレイの持つ能力のギリギリ限界で為せる救済の手立てが、それだったのだ。

 ガロが、救済可能な人数が一万人と聞いて「それだけ?」と問うたのが実に切ない。その通り、それだけなのだ。それだけしか救える力がないのにクレイ・フォーサイトは救世主として名乗りを挙げた。だってクレイは救世主にならなければならなかったのだ。

 

 卒業するのに必死な大学生と同じレベルだ。学ぶという目的のために、授業に出ると言う手段を選ぶ。その結果としての単位だ。自分が学んだことをきちんと表すための卒論で、その結果としての卒業だ。

 でもクレイは卒業がしたい。きちんと学問を修めたかどうかは、もういっそどうでもいい。だから代筆も代返も頼むし、先輩から過去問を借りまくって問題の意味がわからなくても丸暗記するし、自分に残された時間と能力から逆算してどの程度のボリュームなら卒論が「それっぽく」収集がつくかを考えて課題を選び研究する。自分でうまく書けないなら、うまく書けるやつを引っ張ってきて手伝わせればいい。何なら、研究自体も他人からパクってもいい。何でもいい。単位と卒論がそろって教授がオッケーを出して卒業さえできるなら、中身も結果もどうであろうと何だっていい。

 そしていざ卒業した時に、ガロに聞かれたのだ。クレイは何を勉強していたの?と。合格点がもらえる卒論を書けたのだからそれなりのことは言える。でも悲しいかな。浅い。学んだ集大成を表す手段としての卒論のはずが、クレイにとったらそれは卒業のための切符と言う「目的」だった。薄っぺらな答えにガロは言うのだ。「それだけ?」と。

 それが、クレイが述べた一万人で、ガロが驚いた「それだけ?」なのだと思う。

 

 リオデガロンとクレイザーXの戦闘において、クレイザーXが繰り広げる様々な必殺技に対し「そんな技術を編み出せたなら、なぜそれを移住ではなくマグマ暴走の停止に貢献する形で検討しなかったのか?」とガロ、リオは再三クレイに問うている。クレイの回答は、「検討したが現在の科学技術レベルでは装甲強度の都合でそもそもマントルに辿り着けない、だからマグマの暴走は止められない(だから移住を選んだ)」というものだった。

 私は最初、これはトロッコ問題に対するクレイなりの回答なのだと思っていた。制御不能のトロッコが突っ込んでくる。このまま行くと、前方の五人の作業員が死んでしまう。ただ、あなたがトロッコの進行方向を切り替えてやれば五人は助かる。ただし、切り替わったルートの先の作業員一人の死は確実となる。五人を取って一人を助けるか、自分の匙加減で人の生き死には変えられないと何もしないか。さてあなたはどうするべきか?トロッコ問題とはざっくりこういうものである。

 プロメア世界のトロッコの状況は、もっと悲惨だ。なにせルートを切り替えなければ全員死ぬ。だったら、三十八億全員お陀仏に比べれば三十七億九千九百九十九万人を捨ててでも、一万人を救った方がいい。三十七億九千九百九十九万人を捨ててでも、一万人を救った方がいいので、そのためにバーニッシュを非人道的な方法で活用しようが、そのせいで地球の破滅を加速させようが、それは仕方ない。トロッコ問題で良心を痛める奴は救世主になれない。甘ちゃんの駄々っ子ちゃんは引っ込んでいろ。これがクレイの回答なのだと思っていた。

 

 本当に?本当にそうなのか?

 少なくともガロ・ティモスは、クレイが取り組んでいるのがトロッコ問題ではないということにうっすら気づいていたのではないか?と思う。

 救世主は、読んで字のごとく人の世の救い手だ。でも、人の世を救うとはどの程度のことを指すのだろう?お年寄りに席を譲ることだって、車を使わず自転車で通勤することだって、レジ袋を断ることも、食べられない恵方巻きを買い込み過ぎないことも、運転免許の裏側に臓器移植の意思表示をきちんと記載することも、人の世の救いの欠片だと思う。

 だけど、これをやった程度で救世主とは呼ばれない。なら、どこまでやってのけたら救世主なのか?ガロは自分の身の危険を顧みずに火災から人を守っている。プラスチックストローを使わないことに比べたら凄まじいスケールの人助けだが、ここまでやってもレスキューという職種の人間という話で、救世主ではない。

 さて、目の前で何が起きた時に、我々はその人を救世主と呼ぶだろう?

 私は、救世主のトリガーは「奇跡」なのではないか?と思っている。

 

 クレイが出した答えは、トロッコ問題的に言えば「ルートを切り替える」だ。これは奇跡でも何でもない。オメガケンタウリを見つけたこと、一万人が乗船可能な宇宙船を作ったこと、手段こそ人道に反するが、それでも星と星の間を移動するためのワープゲートの生成に成功したこと。これらは決して誰でもできたとは言わないが、クレイの主張を借りるなら、これらはプロメア界の科学で実現可能な水準の話だったのだ。実現可能な水準だからクレイは移住を選んで、実現不可能なマグマの消火という選択肢を捨てた。

 実現可能なことを実現することを、何と呼ぶのだろう?少なくともそれを奇跡とは呼ばない。これだけは、はっきりしている。

 クレイが救世主になりたかったのなら、クレイはトロッコ問題においてレバーを触るか触らないかの次元の選択をしている場合ではなかった。手段は何でもいいので、既存ルートの五人と切替先の一人、そして自分も含めて全員助かる方法を見つけ、成し遂げなければならなかった。

 ガロは、きっと感じたのだ。滅殺開墾ビーム、瞬砕パイルドライバー、絶対零度宇宙熱死砲、全部全部全部、言い訳だ。クレイは救世主にならなければならない。でないと自分が救われないから。けれど、クレイは救世主になれない。なぜなら奇跡を起こすだけの才能がないからだ。

 

 クレイが本当に救世主となり得る人間なら、彼の目標はただ一つ、地球と人類の救済だ。その目標一つのために脇目も振らず、ありとあらゆる方法を探ってそれを実行に移せて成果を生み、初めてそれが「奇跡」となり結果的に救世主に成れるのだ。救世主が人の世を救うのではない。奇跡としか言いようのない誰もが辿り着けない究極の方法を見つけて、誰にもなし得ない世の救済を為してしまう、それほどの目的への一途さがあるから、その人は救世主と呼ばれ崇められるのだ。救世主は勲章なのだ。勲章は結果に従って後からついてくる。勲章を取ることは目標にはならないし、それを目標にしている次元では勲章は貰えないのだ。

 そして、本当はクレイもわかっている。自分にはその勲章を得るだけの才能がない。だってクレイはデウス博士の真のプロメテックエンジンの完成すら待てなかった男だからだ。博士と一緒にいては、永遠に答えにたどり着けず、タイムアップで回答用紙を白紙で提出するかもしれないと焦ってしまうような男なのだ。

 白紙で出すくらいなら、三十点程度でいいからわかるところだけ答えを書いて出した方がいいし、他に回答者がいないなら何点だろうが自分が一番だと、そういう発想で博士を待たずに殺した男なのだ、彼は。そして、自分がその程度の男ということを、本当はわかっていたのだ、彼は。

 だからクレイは滅殺開墾ビームを、瞬砕パイルドライバーを、絶対零度宇宙熱死砲を編み出し、それを放てるクレイザーXを造った。オメガケンタウリへ向かうための巨大宇宙船パルナッソス号を造った。白紙回答にならないようにと、彼が埋めた答えがそれだ。自分の他に回答しそうな人間は殺して、参加者一名のテストに仕立ててクレイはその答案用紙を突きつけた。誰に?ガロ・ティモスに。クレイ・フォーサイトの罪そのものに。

 

 クレイがガロを連れ立って、わざわざパルナッソス計画を解説するシーンがある。口頭説明だけでなく、バーチャルで作ったマグマの噴火映像や建設中の船、プロメテックエンジンの実験まで見せてくれる。船と実験はまだ良いとして、マグマの噴火のバーチャル映像は初見で笑ってしまった。メタ的に考えると視聴者への解説シーンは不可欠だ。そこであえて無知レベルが視聴者と等しいガロを受講者代表として説明コースに連れて行ってくれるのは構成的に上手くて唸った。

 が、一方でメタ目線を止めた時、クレイはいやに親切だなと思った。主人公をあの場で殺せないのはわかっているが、彼の後の激昂を思えば説明してないで黙ってガロを殺せばいいのに、と思った。あのマグマのバーチャル映像はわざわざ作ったのだろうか?と面白くなった。確かに選別市民向けの解説コースにガロを乗せたという見方もできるので、そういう裏設定があるのかもしれないとおもいつつ、あそこは面白かった。

 だが、気づいたのだ。全然面白くない。真面目も真面目、大真面目だ。だってあそこはクレイの一世一代の正念場なのだ。あそこは、ガロ・ティモス採点官の答案チェックの時間だった。クレイは三十点の回答を少しでも良く見せようと必死だった。ガロ・ティモス採点官にこの三十点が三十点だけれど世界最高得点なのだと伝わってくれ。それなら仕方ないと理解してくれ。その一心だ。それはマグマのフラフィックだって作る。それがあの見学コースだったのだ。殺せるわけない。採点前に採点官を殺して、どうやってクレイは救われるというのだ。

 

 そして採点官の感想は、「それだけ?」だった。

 難しいテストだから三十点で上出来だとか、そもそもこのテストに挑もうと思ったのがすごいとか、そんな甘いことはなかった。三十点で満足しているのか?と、三十点という答えを出してそれで良いと思っているのか?と、クレイにそう問うたのだ。

 クレイは言った、誰にも無理だと。これ以上の点を取ることは無理だとクレイは言った。だからガロは答えた。じゃあ俺が満点取ってくるぜ、と。最初から三十点取れればいいと思っているやつに比べたら、百点を諦めない俺の方が百点を取る可能性があると、そういう当たり前のことをガロは言ったのだ。

 

 そんなガロが、最終的には気づいてしまった。そもそもクレイにとって、テストで取る点数が何点だろうが全くどうでもいいのではないか?ということに。

 クレイにとって大切なのは、トロッコ問題に取り組んだという事実で、そのトロッコ問題に取り組んで答えを出せたのは自分だけだという事象だ。三十点が最高得点ならクレイが一位で、相対評価で救世主だ。クレイがやっている勝負はそういうことで、彼は地球の滅亡という大きな問題に全く正面からぶつかっておらず、ガロ達とは全く異なる土俵で、勝手に一人で相撲を取っている。それが、見えてしまったのではないかと思う。

 見えてしまったから、ガロはクレイも含めて「助ける」と言い、グーパンで気絶させ、退場させたのではないかと思うのだ。あんたのことも見捨てず助けてやるから、その分岐器のレバーを握る手を退かせ、と。本気で問題を解く気がないなら回答権を真面目に考えている人間に譲れ、と。独り相撲は助かってから好きなだけやればいいから、だから今あんたのやっているそれは間違い無く今やることじゃない。

 それがガロ・ティモスのグーパンではないだろうか?

 

 ガロ・ティモスは真面目に地球を救うという課題に取り組んだ。彼は、百点を出すことを決して諦めなかった。決して諦めなかったからリオだってガロに協力する気になったし、リオが協力する気になったからこそ「プロメアの声を深く聞く」という奇跡に辿り着けたのだと思う。

 

 五人を殺すか一人を殺すか、ルートを切り替えるか否かの話では無く、全員救うにはどうしたらいいかを考え抜いたから、ポイントレールをどっちにも寄せ切らず中立にすることでトロッコを脱線させ止める、という百点の回答に至ったと思うのだ。

 

「逆ギレ炎」は誰に向けて言われなかった言葉なのか?

 ガロが、クレイが放つ炎の中をのしのしと歩いて一歩も怯まなかったシーン。あの時のガロは、何というか、クレイのことを「どうでもいい」と思っているのではないか、という印象を覚えたのだ。

 セリフはうろ覚えだが、瀕死のリオを前に再び立ち上がったクレイに対し、「人命救助の邪魔だからいい加減にしろ」という態度を取っていたと思う。その後、ガロを殺そうと放つクレイの炎に、真っ向から突っ込んでいく。リオの炎が守ってくれると突き進み、あんたも助けると言い放って、グーパンでクレイを大人しくさせる。

 クレイの炎は、最初リオの炎を圧倒していた。なのに、あのシーンでは全く歯が立たなかった。リオが直接吹いた炎ではない。ガロに託した、わずかな残り火みたいな炎だ。それにすらクレイは勝てなかった。

 なんでだ?プロメアの炎の威力が人の意思や感情にある程度左右されるとして、リオの、ガロを守りたいという意思が強かったから?あるいはクレイのガロを殺したいという意思が弱かったから?私は「クレイのガロを殺したいという意思が弱かったから」と思っていた。思いたかった。でも、そうじゃないのだろうとも思っていた。クレイに殺意があったかなかったかとか、そういう話ではない。それよりもっと悲しい話だ。

 

 あの時、クレイの立っていたレイヤーとガロの立っていたレイヤーは、全然違ったのではないか、と思うのだ。立っている次元が違った。自分の罪に囚われて自分が救われることばかりに躍起になり、自分のことしか考えていない男と、何が何でも全部助けると、それこそ自分の家をかつて焼いた男ごと全部救うと本気のマジで思って諦めない子供。敵うわけがなかった。

 だって、あのシーン。クレイは炎をガロに向けて放ったけれど、それって意味があったのだろうか?プロメテックエンジンのコアを壊され、代替品であるリオもエネルギーを使いすぎて破損状態。ガソリンは尽きている。そんな有様のリオを取り戻しても、クレイはもうパルナッソスを飛ばせない。

 クレイが本当にパルナッソスを飛ばしたいなら、やることは一つだ。今度は自分が核になるのだ。だから、エネルギーの浪費は許されない。ガロに炎を吐いている場合じゃない。その炎はパルナッソスを飛ばすために使わなければならない。なのに、クレイはガロに向かって炎を吐いた。クレイがあそこで炎を吐いたということは、そういうことなのだ。そういう炎なのだ、あれは。だとするなら、そりゃクレイの炎なんてどうでもいいはずだ。全然熱くないだろう。

 ここで、ん?と違和感を覚えた。全然熱くない?どこかで聞いたセリフだ。

 

 この、ガロがクレイの炎の中を突き進むシーン、私はあるセリフを思い出した。ここよりもっと前の場面、クレイへの怒りで暴れまわる真っ黒の龍になったリオに、ガロは、お前の逆ギレ炎なんてこれっぽっちも熱くない、と言い放った、あのガロのセリフを思い出していた。

 逆ギレとは、本来怒られてしかるべき人間が逆に怒ってくることを指す。あの時のリオは、確かに逆上はしていたが、けれど彼の仲間や彼自身が受けた仕打ちを考えれば決して逆ギレではなかった。私の中であのセリフはずっと引っかかっていた。まさか逆上と逆ギレを混同しているわけでもあるまいし。

 

 あのセリフに違和感を覚えたことは、多分間違っていない。あのセリフがあの場面で出たことは、予告だったのだ。あれはなんだったんだ?と思いながら映画を見続け、そしてクレイの炎に全く臆さず突き進むガロを見て、そこで初めて合点が行く。

 ここだ。リオの、ではない。クレイの、だ。クレイの逆ギレ炎なんざ、これっぽっちも熱くねぇ。ここなのだ。

 なのに、言わない。ガロはこのセリフを一番適切なこの場面で、言わなかった。

 

 クレイの炎がまったく効かなかったガロ。立ち向かってくるクレイに、半ば呆れていたガロ。クレイの底を知ったガロなら、クレイの炎を「逆ギレ」と呼べるものを、あえてそうは言わなかった。クレイがありとあらゆる建前で武装し隠してきた彼の本心が、ガロには見えてしまった。クレイが本気で地球を救う気がないことも、自分のやってきたことを棚に上げて救われたがっていることも、そして、彼が身勝手ながら今日に至るまでずっとずっとずっと苦しんできたことも、多分、見えてしまった。

 でも、だからそれがどうした、という話なのだ。クレイがどれだけ辛く、どれだけ救いを望んでいたとしても、そのせいで三十七億九千九百九十九万人が死んで地球が滅亡するなんざ、お門違いにも程がある。そんな男が分岐器のレバーを握っていることを、見過ごすわけにはいかない。

 それに、三十七億九千九百九十九万人と地球を見捨てて赤点の救世主になったって、そんなことでクレイ・フォーサイトの罪が清算されることもなければ、クレイ自身が罪から解放されて救われることもなくて、オメガケンタウリで一層苦しくなるだけだという当然のことも、ガロには見えていたのだ。クレイがレバーを握っていても、誰一人として幸せにはなれない。

 だから、真面目に人類と地球を救う気のガロにとって、不真面目でやけっぱちになっているクレイは退かすべき人だった。だからグーパンで気絶させてレバーの前から退かした。

 

 でも、ガロにだって情けはあった。情けがあるから、クレイも含めて「助ける」とわざわざ口に出して言ってくれたし、そして、「クレイの逆ギレ炎なんざこれっぽっちも熱くねえ」とは言わなかったのだ。

 クレイの怒りが逆ギレだと言えるということは、クレイが本来怒られるべき立場の人間だと認識しているということになる。クレイがクレイなりに人類の救済を真面目に考えていると思っているなら、彼の移住計画は彼なりの救済案であり、確かにバーニッシュへの仕打ちは許されざる所業なのだが、それでもガロの救済案とは価値観やコンセプトが違っていたと言う話で、怒る、怒らないの話ではない。

 なので、クレイが本来怒られるべき立場の人間だと認識しているということは、クレイが本当にやりたかったことは自分の救済だと、目の前の五人も一人もどうなろうが何でもいいと思っているくせにレバーの前から動かない不真面目さが彼の中にあると、知っているということだ。

 それをガロはクレイに明かさなかった。知らないふりをしてあげた。あくまで全てはクレイなりの人類救済へ真摯に取り組んだ結果だったと、そういうことにしておいてくれた。

 今思えば、ガロはクレイのパルナッソス計画を「くだらねえ野望」と称していた。

 ガロが「くだらねえ野望」と叫んだ時、彼はクレイの罪を知らなかった。あの時のクレイとガロの決裂は、人類を救うという同じ目的を持つ者同士であるにも関わらず、人類をマクロの視点で見て一人一人の人生に着目しない達観したクレイと、見知らぬ隣の人、目の前の人を命がけで救っていくレスキューだからこそ人を数字で解釈させないという愚直なガロという、異なる価値観を持つ男同士の衝突のはずだった。あくまで、大きなゴールは同じという構図だった。

 なので、逆にガロは「くだらねえ野望」と言えたのだ。根幹はくだらなくないから、だから言えた。希望を捨てていなかった。絶望的な現実を前にし、クレイの中の選択肢が狭まってしまっているだけで、この「くだらねえ野望の炎」を消してやれば、残された半年をかけてどうやって地球と三十八億総人類バーニッシュ込みで救っていけるかを今度こそ本気になって一緒に考えられると、そういう希望が残っていたからこそ「くだらねえ野望」と言えたのだと思う。

 馬鹿野郎目を覚ませ。この手段はくだらないけど、あんたの根っこにある志は決してくだらなくないから、だから一緒にもう一回、今度は本気で頑張ろう。

 

 でも、違ったのだ。そんな志なんてどこにもなかった。ゴールは全く同じじゃない。クレイが見ているものは、この世のどこにもない。強いていうならオメガケンタウリにある「彼の救い」だ。クレイの口から聞かされた真実。彼の罪の形と名前は自分だという現実、浴びせられた炎。本当にくだらない野望だった。

 全部、ガロはわかってしまった。だから、逆ギレなんて言えなかった。その通りだったからだ。あまりにも図星すぎて、言えなかったのだ。

 ずっと憧れていた男が、自分を起点にして地球と人類を巻き込んだ壮大なスケールの無理心中をもってして自らの救いとしようとしていたなんて、そんなことを知ってしまったガロ・ティモスの心を思うと、泣きたくなる。なのに、クレイを批難するでもなく糾弾するでもなく、助けると言ってグーパンで済まし、知らないふりをしてクレイの代わりにレバーの前に立つ彼を思うと泣けてくる。ガロ・ティモス、確かに君は奥ゆかしい。

 

 けれど、ガロが知らないふりをした理由もわかる。だって、あまりにも悲惨だ。クレイ・フォーサイトのやってきたことは全く褒められたことじゃないし無関係な人間からすればここまで傍迷惑なこともなくて、冗談もいい加減にしろと怒鳴りたくなる。でもガロ・ティモスはクレイ・フォーサイトと全然無関係じゃないから、その男が抱える悲惨がわかってしまうのだ。

 クレイの抱える悲惨さが、彼を滑稽な張りぼてのヒーローにしてしまった。その苦しみがわかってしまったから、「逆ギレ炎なんざこれっぽっちも熱くねぇ」と言えるはずのガロは、使い方が間違ってないか?と思われるタイミングでリオには言えても、ここで言わないでどこで言うんだ?というところでクレイに「言わなかった」し、「言えなかった」のだ。

 自分が浴びたものが逆ギレ炎だとわかっていたのに、言わなかったし言えなかった情け。クレイの建前、ボロボロの鎧、その内側にいる情けない男の正体がわかって見えていても、それを晒さず暴きもせず、ただあんたも助けると告げて、その男の身には余りすぎる重たいレバーから、もう無理すんな、とその手を引っぺがしてくれた情け。クレイを助けてくれるという情。

 

「私を?」

 ガロに、助ける、と言われて、クレイから溢れた言葉だ。救世主にならなくても、助けてもらえるのか?自分の犯した罪を清算できていなくても、助けてもらえるのか?許されていなくても、助けてもらえるのか?よりによって、ガロに?自分の罪そのものに?そんな都合のいい世界、あっていいのか?

 あっていい。あっていいんだ、これが。

 

 がしかし、これをいちいち説明していたら時間がないし、クレイがやらかしまくった色んなことの尻拭いも間に合わなくなって本当に色々助けられなくなる。だからとりあえず、黙って見てろ。故にグーパンだ。

 

 この、ガロの情は一体何だろう。同情?憐情?わからない。映画の中に答えはない。これは三十八億分の一か?一分の一か?

 

 でも何はともあれ、考える時間はある。

 なにせ地球は救われて、三十八億総人類バーニッシュ込みで助かったので。半年のリミットは、もうないのだ。

 

ピントが合った二人はこっからだ

 クレイとガロは、これまで「あった」ものが「なくなる」二人なのだと思っていた。ガロとリオが全く「なかった」ところから二人の関係を「正しく作った」のなら、クレイとガロは「間違って作った」ものを「正しく取り壊した」二人なのだと思ってきたし、以前の考察はそういう視点で書いた。

 そして、その「正しく取り壊した」まっさらの跡地を「そのままにする」のか「また何か建てる」のかは二人の自由だし、「何か建てろ」と強いることは何者にもできない。そして冷静に考えれば「そのままにする」のが推奨されるだろう、という話だった。が、仮に「何か建てたい」と思う二人がいるのであれば、それは二人が非推奨とわかった上で希望したことなので、その決意は相当に余程のことになるのではないか?その余程のことを考える楽しさがある、と思っていた。

 

 が、今回の妄想で、クレイとガロは「最初からなかった」二人だったのではないか?とも思うようになった。

 あったものを壊したのではない。あると思っていたものが、本当はどこにもなかったことに気づいた、そういう二人だった可能性もあるなと思った。しかも、気づいているのはガロ一人だけだ。ここまで散々書いてきたが、クレイは上記のことを全部「無自覚」でやっていると私は思っている。

 

 「あんたも助ける」は三十八億分の一の決別の愛だと思っていた。けれど、そうじゃないかもしれない。「あんたも助ける」は、初めまして、の挨拶で、気づいてるぜ、のサインだったのかもしれない。張りぼてのクレイ・フォーサイトの中身との、初めての挨拶。ガロにもようやく見えた、悲惨で擦り切れて救われたいと思っていた本物のクレイへの挨拶。本当は何もなかった遣る瀬無さを認めて、今、目の前の悲惨な男を受け入れる覚悟が決まったと、そういうサインなのではないか?

 クレイも、ここからようやく見えてくるのではないだろうか。真剣にプロメポリスの復興に携わるガロを見て、自分がどういう理由でレバーの前に立っていたのか、本当に欲しかったものは何か、ようやく心のピントがあってくるのではないだろうか。

 

 そうして自分の心のピントがあえば、今日という日まで向き合ってきたと思っていたガロ・ティモスが、自分の罪の虚像であることにも気づくだろう。

 本当はそこにいた、本当のガロ・ティモスにきちんとピントが合った時、あの日憎いと思った笑顔も、あの日失せろと思ったはにかみも、あの日死ねばいいのにと思った泣きべそだって、モノクロのそれら全部に正しく色がついて、そこにあった自分の感情も正しく見えてくるのだと思う。

 可愛いと思って、自分もはにかんで、守ってあげたいと思った、随分といじくりまわして歪めてしまったそれらが、たとえ折れ線まみれの皺だらけの継ぎ接ぎ三昧でも、それでも正しい形に戻った時に、クレイ・フォーサイトはどうなるのだろう。やっと認められたそれらを、クレイ・フォーサイトはどうするのだろう。

 なかったと認めたその矢先、それらは確かに本物だったと告げられたガロ・ティモスは、どうなるのだろう。

 

 二人の複雑な関係は何も変わらない。けれど、ねじれまくって拗れまくったそれらが不器用なりに正しい形に戻ったのなら、全然、地獄じゃない。最初からなかったはずなのに、遡って色付いてくるそれらは、全然地獄じゃないと私は思う。

 ずれていたピントが合ったなら、もう大丈夫だ。ガロの中でぶれていたものは、クレイの本音の炎が正してくれた。だからクレイの中でぶれていたそれも、ぶれを知ったガロが殴って治してくれた。やり方が力技で、ちょっと乱暴だけど。

 

 映画のラストで、「この街はこっからだ」とガロは言う。大きな声で叫ぶので、後ろで座り込んでいた彼の人の耳にも入ったことだろう。そう、こっからだ。この街だけじゃない。

 

 クレイとガロだって、こっからだなのだ。

クレイ・フォーサイトの罪と罰【罰編】

唐突ですが、10/20の驚纒動地@インテで本を出します。ブログ掲載済みの以下の記事を修正したものと、書き下ろし1本を加えた考察?本です。

 

↓こいつが修正版再録予定のブツ

m0n0sprecher.hatenablog.com

 

 で、その書き下ろし1本なのですが、本当は二編あるはずでした。でも片方だけで割と字数が食ったのと、自分の中で「こっち(本に入れる方)採用だな」と落ち着いたので、もう片側は破棄するつもりでした。

 

が、本命の話(スペース自体は小説で取ってるので、本命の話とはその小説本のことです)のために6回目を見にいったところ、

自分が捨てる方の考察のがマトモだなということに気づき、供養のためにここに書くことにしました。

 

クレイ・フォーサイト罪と罰、の罰編をここで書きます。罪編は本にあります。

 

そういえばいつも断定口調?で記事を書いてますが、今日は自分のイベント宣伝から入ったせいか丁寧語になってますね。

あるいは今スマホで打って全く推敲せずこの記事を投稿せんとするライブ感で書いてるせいかもしれません。ライブ感なので自信がなくて丁寧語という。

どうかそのあたりはお気になさらずお読みいただけますと幸いです。

 

全てはクレイ・フォーサイトの「野望」をどう見るか

タイトルの通りです。又の名を、「クレイはバーニッシュになってからデウスを殺したのか、殺してからバーニッシュになったのか問題」です。

私はタイトルで罰編と銘打っている以上、この記事では「クレイはデウスを殺してからバーニッシュになった」前提で書いていきます。この前後関係は作中曖昧なので、これはどっちで読んでも良いと思ってます。で、逆の順序は本に入れる罪編です。

 

クレイがデウスを先に殺したなら、変な言い方ですがそもそもクレイはデウスを殺して彼の研究を奪い取る算段があったことになります。これは名誉欲しさなのか、研究者ではあっても救世主ではない(=人類を救わねばという意思があまりなく、ことの真実には興味があるが必ずしも人類贔屓ではなく、全ては自然の成り行きに任せても仕方ないというある種の諦観を持つ)博士を「ダメだこりゃ」と判断し「馬鹿もハサミも使ってなんぼ」という、強いて言いますが、傲慢な使命感に由来していたのかは考える余地があります。

が、彼の深層心理の動機はどうあれ、クレイの思想の根っこに「<自分が>人類を救いたい」というマインドがあった。

ファーストガンダムの例えを急に出しますが、このクレイは土壇場の土壇場でギレンを殺した、とてもキシリア的な部分を持っていると思います。

学級委員をやりたいから学級委員をやる。生徒会長になりたいから生徒会長になる。生徒会長になって具体的に行う施策のビジョンはあったけどツールが思いつかなかったのか、はたまた施策すら思いつかなかったのか、とにかく自分の(浅い)ビジョンにデウスがいるのは邪魔だから殺す。でもデウスの成果物は必要だから取る。

ここまで書いたらなんとなく察していただけそうですが、このクレイが執着しているのはデウスですね。クレイはデウスになりたかった。でも自分はデウスほどの成果は出せないし、自分はデウスほどの成果を出したら大々的に表に出すべきだと思っているのに、当のデウスは「この研究は未完成だし表に出せない」と言う。見せびらかしたい自分と慎ましい諦観を宿すデウス

クレイになりたいデウスは、まぁデウスを殺して彼の成果を横取り、でもデウスと違う方法で成功を収めたいですよね。

確かに研究というカテゴリではデウスに負けた。でも。でもそれをどう使うか?という肝心な部分では僕が上手だ。僕が勝つ。僕の「使い方」で僕は人類を救ってあなたに勝つ!

これが、クレイの動機なんだと思うのです。このクレイは動機が不純ですが、それでもマジで人類を救う気はあった、と思ってます。(罪編のクレイは、救う気は無かったという話です)

 

計画通り。全部計画通りでした。誰にもバレず、デウスを殺した。彼の研究も奪えた。これを表に出して、僕がヒーローだ。全部計画通りだ。

 

でもまぁ、神様もそんなに甘くない。クレイに罰が下ります。

その罰の名前と形は、ガロ・ティモスでした。

 

罪人クレイの足枷・ガロはクレイが信用差で絶対勝てない相手

クレイは映画終盤、正体を現した時ガロにとことん暴言を吐きます。目障りだった、消えて欲しかった、計画通りの自分の人生で、ガロだけが計画通りにならない。
クレイの言う通りなんです。あの日バーニッシュに目覚めたのはね、まだいいんです。生き残ってしまった男の子。生き残って、自分の胸に飛び込んできてしまった男の子。
バーニッシュになって、あのマンションだかアパートだかの全員が焼け死ねば、まだ逃げ切れました。死人に口無し。生き証人は皆無。自分がバーニッシュだと告発できる人間はいない。まだ逃げきれました。
でもね、生き残ってしまった。炎の海から転がり落ちた男の子が、クレイにしがみ付いて離れない。足枷がはまった瞬間です。足枷ならまだいい。もしかしたら首に掛かった縄かもしれない。
ガロは、上手いこと勘違いしています。自分のことを恩人だと思っている。
 
でも、バレたら?
大きくなって、色んなことの辻褄が合わないと気付いて、思い出して、バレたら?
クレイがプロメアの衝動を抑えられなくなって、それをガロが見て、気付いたら?
じゃああの日あの時燃えた自分の家の前に都合よく立っていた片腕の男は何だったんだ?と、気付いてしまったら?
 
しかもね。ガロはいい子なんです。明るい、声がでかい、素直、気さく、バカ。
バカ。表と裏がない。打算で動かない。いやそんなこと有り得ないでしょ、ということも、ガロが言ったらですよ、本当かな?って思うでしょ。だってガロが嘘つける印象ありますか?ガロがそんな嘘つく理由を見つけられますか?
そんなガロが、あの時家を焼いたのはあんただ、って大声で叫んだらね、もう例えそれが本当じゃなくても、その時その瞬間からそれが本当になりますよ。逆狼少年。
 
ガロが本当にそんなことするのか?ガロの言うことはそんなにみんなに信用されるか?
実際ガロは「クレイを殺そうとしたテロリスト」として司政局に捕まり、何を言っても聞いてもらえない状況に陥りますから実際は逆狼少年のガロが無双することはなかったです。
でも、アイナは信じていなかった。フリーズ・フォースの本部に乗り込むような無茶をするんじゃないかとガロを止めに走ったアイナがですよ、まさかの司政局本部に乗り込んで自分がそのバカをやるんです。エリスに、何かの間違いだからクレイを説得してよ、って。アイナは何にも見てないんです。この件についてのガロの話も聞いてない。ガロの人となり、それと彼女がガロに抱く好意で、ガロがそんなことするはずない、って信じなかった。
多分、エリスに「私も(ガロがクレイを襲うところを)見た」と言われても、あれは信じてなかったと思います。あの時のアイナの失望は、姉まで騙されてる、という失望だと思います。ガロへの失望じゃないと思うし、ガロに失望してたらケツに火をつけながら走る脱獄ガロを見てあんな嬉しそうにしないでしょ。今思うとあれは「尻に火がつく」の具象化だったんですかね?話が逸れました。
 
なので、事実はどうあれクレイは思ってしまいました。信用差の勝負に持ち込まれたら自分はガロに負ける。この人は嘘ついてない、の土俵でガロには勝てない。クレイが一番知ってます。
というか、この世で一番「ガロが嘘をつける」と信じたくないのはクレイです。だってガロが嘘つけるなら、自分の正体わかった上でクレイを騙すために知らないフリしてるかもしれないでしょ?そんな可能性、クレイはとても追えないですよ。旦那!って笑顔で見てる子がね、内心自分の所業知っててその笑顔見せてるって、そんな可能性まで追ってたら身動きできない。口から心臓出て死んでしまう。その線は、希望的観測で非合理的でも無意識に切りたい線です。世界で一番ガロが実直バカであることを望んでるのはクレイって、これはとても皮肉ですね。
なので、ガロは嘘つかない、これはクレイの中で絶対の法則だしパンドラの箱のたった一つの希望です。
 
自分の絶対的な秘密を知っている「かもしれない」人間がこの世にいる。その人間と信用差勝負になったら「自分が勝るビジョンがない」。可能性の話です。可能性の話なんですけど、クレイがこういう可能性を捨てきれない状況に陥っているということ。
それかクレイの罰なんです。
 

我慢比べで勝てなかったクレイ

クレイにとってのガロは、目障りとかの次元ではなくもはや脅威です。
そりゃ消えて欲しいし死んで欲しいし、殺さないよなぁ、と思います。
だって、殺す理由が表向きない。なんで?なんでガロを殺すんですか?いい子、明るい、気さく、素直、バカ。バカ。殺す理由ないでしょう、だってバカなガロがクレイの何を損なえるっていうんです?
バカのガロが損なえる何かがあるならね、それにクレイが怯えてるならね、それは何?ってなるわけです。
殺せないですよね、そんなの。
 
ねぇ、部屋の隅にじっと留まっているゴキブリ、殺せますか?例えばあなたが丸めた新聞紙でしばいたとしますよ。殺虫剤吹き付けてもいい。

でも、殺し切れるビジョン、あります?一発で仕留められなかったら?逃げられたら?逃げられたらまだマシかも。こっちに飛んできたら?どうします?そこまで過って、しかも過ったということはあなたには一発で仕留める自信はないってことで、そんなあなたはゴキブリ殺せます?

 

クレイはね、殺せませんでした。勝手に死んでくれ、どっか行ってくれ、そうやって怒って震えて怯えながら生きてきました。ガロを殺しきる自信がないクレイは、このまま怯えてガロが勝手に死ぬのを我慢するしか、勝ち筋ないんです。

が、最後には爆発した。なんでゴキブリに私が恐れを為さねばならんのだ?!なんでゴキブリに私の計画を妨げられねばならんのだ?!とブチギレて正体を明かして丸めた新聞紙と殺虫剤両手に暴れまわりました。ふざけるなと。ゴキブリ風情がこのクレイ・フォーサイトを邪魔するなと。

旦那と呼ぶなと。圧倒的なあるはずのない敵意をガロに見せてしまいました。我慢しきれなかった。ガロを一発で仕留めることができないなら、一生我慢するしか勝ち筋なかったのに。

でも、ガロ・ティモスはクレイ・フォーサイトのゴキブリではなく罰なので、それを忘れてキレたクレイには勝てるはずもなく、負けるのでした。

クレイは、ガロに真実がバレないように細心の注意を払って我慢してたと思いますが、まあガロがリオと接触してしまったのでどうしようもなかった。しかも、クレイがガロを半ば手懐けている気でいたのに、全然そんなことなかった。勲章まであげたのに、ガロはバーニッシュの親玉の言うことを信じて真偽のほどを問いに来ました。この時のクレイの絶望ったらなかったでしょうね。自分の我慢なんか関係なかった。勝手にバレた。それはブチ切れてもまあ、仕方ないのかなとは思うのですが。

ただまあ、クレイにはブチ切れていい権利ないのですけど。

 

クレイは我慢ができないんです。

天才デウスに追いつけない自分の状態が我慢ができないから、身の程わきまえずデウス博士を殺して成り代わろうとする。プロメア覚醒という事故みたいな現象で自分の人生が台無しになるのが我慢できないから、自首しないで英雄のふりをする。何がまずいって、プロメア覚醒したのはデウスを殺した罰ですから、これは受け入れて償わなければならないのに、クレイはNOと拒否したわけです。払いませんと。それは利子がとんでもないことになりますよね。

我慢がきかないクレイがここまで積み上げてきた借金は天にも登ります。罰がすごい。懲役がとんでもない年数になっている。これ、負けたらどうなるのでしょう。これ、有罪だって認めてしまったらどうなるのでしょう。クレイは、こんな自分の状況我慢して知らないふりができるのでしょうか?我慢できないでしょうね。

我慢できないので、最後、踏み倒しました。自分がガロの家を焼きました、ガロのことが目障りでした、ガロは消えてほしいと思っていました。暴露して、ガロを殺そうとした。積み上げてきた借金、とんでもない懲役、クレイ・フォーサイトの罰、それを自分で壊してなかったことにし、新天地・オメガケンタウリへの逃亡を図った。我慢できないから。

それは、勝てないよなあ、って。

 

クレイは、ガロを見習って欲しいですね。ガロは痩せ我慢のプロです。だって、目の前の男が承認欲求も燃焼願望も抑えられないで、その傲慢のせいで人生はゼロリセットかけられたって知ったばっかりですけど、そいつのこと助けるって言えますから。プロ意識故なのか、クレイのことがどうでもいいのかはわからないのですが。
 
そんな痩せ我慢作戦が十八番のガロなんですが、一回だけ我慢できなかったことがあります。
大好きなクレイに、旦那と呼ぶな、と言われた時です。その時だけは、我慢できずに泣きました。たった一度、その時だけ。
 
痩せ我慢の天才・ガロの我慢を崩せるのは我慢ができないクレイだけ。
クレイ・フォーサイト、なんて罪深い男なのでしょうね。

 

またも考えるクレガロの未来 

これだけクレイが酷いことやってのけたと書いておいて、これで私はクレイとガロにくっついて欲しいというのですから一番度し難いのは私なのでしょうね。

 

何と無くなんですけど、ガロはみんなには愛想良くて快活なバカでも、クレイにだけは冷たかったり、優しくできなかったり、嫌味言ったりみたいな、そういう2人を見れたらなと思うのです。

例えば映画後、なんらかの理由で一時的に牢から出てきてレスキューにクレイが協力せざるを得ないみたいなことになったとき、ガロだけは全然クレイと口利かない。ガロが口利かないからクレイも口利けない。あれだけガロのことを嫌っていたクレイですが、もう手の内全部バラした後なので彼にとってのガロは罰でもゴキブリでもない。このクレイが怖がっていたのは、実は自分が虎の威を借る狐でミイラになったミイラ取りとバレることです。もうバレてたら、今更なので。

でも、ガロは傷ついてます。あったものが全部嘘。飛び込んだのは親殺しの胸の中。ずっと嫌われていた過去。どうやってクレイのこと見たらいいかわかりません。ここでね、ここでもガロの痩せ我慢が出て、よぉクレイ!ってなったらクレガロ は、ないです。38億分の1、決定。(この謎表現は、本か過去記事見て貰えばわかります。)

 

でも、ガロがクレイを無視したら。悪態吐いたら。どのツラ下げて来たんだ、と怒ったら。そのガロは、間違いなくクレイを見てます。クレイだけがガロの痩せ我慢の魔法を解いてしまう。1分の1です。ガロの痩せ我慢の魔法を解けるのは、クレイだけ。

で、その痩せ我慢の魔法を解いて優越感に浸ってるクレイでは、これもまたクレガロ は、ないです。ガロの悪感情引き出してせせら笑うクレイにとってのガロも、これまた38億分の1。クレイは発言の端々から人を見下してますから、自分のことを苦しめてたガロが今苦しんでるとしたらそれはさぞ爽快です。それが爽快なのはガロが苦しんでいるからではありません。自分のことを苦しめてたやつだからです。自分のことを苦しめたやつの椅子に座っている人間が苦しんでいるのが爽快で、その椅子に座るやつが苦しめば、そこに座ったのが誰であってもいいんです。38億総人類、誰でもそこに座ったなら苦しめ。私を苦しめた罰を今度はお前が受けろ。

 

なので、もしガロからの冷たい態度を受けてね、痩せ我慢の氷の鎧を溶いたのにその中から出てきたガロが傷ついた手負いの獣みたいに自分に牙を向いて警戒して怒りと悲しみの入り混じる目で睨んできた時にね、悲しくて辛いと思えたなら、そりゃクレガロ ですね。1分の1。どの面下げてそんな感情抱いてるんだ?!そんなことはわかってる。どの面下げてそんなこと言えばいいんだ?!わからない。多分どの面でも無理。氷の分厚い仮面をこさえても、内からドロドロ溶けていく。いっそこんな感情捨てられたらいい。でも無理だ。

だって好きだから。

 

確かにつけた傷と、確かにつけられた傷。近づきたいけど近づけない。近づけたくないのに近づけたい。

 

これもまた、クレガロ なんだよなぁ、って思うのです、私。

【クレガロ妄想】結婚と離婚のジェットコースターおよび自己愛の男と自己嫌悪の男の結末について

※この記事は腐向けかつクレガロ論なので、無理な人はブラウザを閉じてください

 

今月で見納めかと思うと涙がちょちょ切れてしまい、ガロ編をまた見た。

そこで、また気になる発言を見つけた。クレイに無理矢理ガロを押し付けられた帰り、イグニスとレミーがこぼしたセリフ。

 

「彼(=クレイ)が無理に推してくるからには、余程のキレ者か、余程のバカか」

 

ここが異様に引っかかった。

前者の「キレ者」はわかるのだが、後者の「バカ」が納得できなかった。

というのは、レスキューにわざわざ「バカ」を斡旋する意味がプロメポリス、引いてはクレイ的に全くないからだ。

 

私の視点で行くと、あの徹底した火災対策から見るにバーニング・レスキューという組織は司政官からすれば、表向きかなり重要に思える。その重要な組織に「通常のルートでは取りこぼしてしまいそうな有能な人間(出自や年齢のビハインドがある)を独自ルートで突っ込む」のは理解できても「通常のルートでは弾かれてしまうバカを独自ルートで突っ込む」のは極めてナンセンスだ。司政官としても悪手だと思う。

 

ここから凄まじほどの妄想が広がって、結局私のクレガロ妄想展覧会みたいになった。

自分でも気持ち悪いなと思う。1万2千字くらいある。それだけ書く時間があるなら、話を書けと思う。

 

心優しい方は、この私の見ているキツい幻覚を覗いて、同じ苦しみを分かち合って欲しいと思う。

 

 

クレイの主戦力はフリーズ・フォースでバーニング・レスキューは窓際部署だった

最後まで映画を見てクレイの真意をわかっている我々からすれば、彼にとって重要なのはパルナッソスの燃料となるバーニッシュを捕獲するフリーズ・フォースで、いずれ捨てる街を火災から守るバーニング・レスキューはどうでもよかった、と聞いても、まあその通りだろうな、と思うだろう。

 

だが、重要なのはクレイの真意をわかっていない段階の、前日譚のイグニス・レミーからしてもそうだと思えているところだ。

イグニスとレミーはクレイの執務室(あのビルから飛び出ているクレイの部屋を便宜上をそう呼ぶこととする)でガロを押し付けられた際、「(通常ルートでは採用できないレベルの)バカを押し付けられたかもしれない」と思い至った。

もし自分たちがクレイの主力部隊であったり、プロメポリスの公務職の中で花形だったら、こうは思わないだろう。確かに大企業や有名大学だって通常試験ではパスできないレベルの人をコネのために入れる、みたいな「政治」はありそうなものだが(偏見で失敬)、それは通常ルートで一定の優秀な人材が確保できる見込みがあるからやれることだ。バーニング・レスキューにはそんな余裕はない。なにせ、人員不足なのだから。(クレイもその人員補給の要請をレスキュー側がしてきたことを建前に使っている)

命をかけて人を助ける仕事をする組織が、人員が足りないと訴えている中で「(通常ルートでは採用できないレベルの)バカを押し付けられたかもしれない」という発想に至ったと言うことは、彼らはクレイに大事にされている意識がない、ということに他ならないと思う。

 

つまり、クレイが対バーニッシュ強硬派であり、そのためにお抱えの軍事的討伐部隊を作り、そちらを主力としていたことは、仕事でクレイ向き合ったことがある人間からすれば誰でもわかっていたこと、ということである。

よく考えれば、本編でもヴァルカン大佐がレミーとバリスに絡みながら、自分たちの装備の方がレスキューのギアより最新で優れているというようなマウントを取っていたから、予算の付き方もフリーズフォース>レスキューと言うことは読み取れる。

 

面白いのが、あれだけ腹芸がうまそうなクレイがそれを全く隠していなかったと言うことだ。

私は劇中前半(=フリーズ・フォースがクレイの事実上の私設部隊とわかるまで)は、フリーズ・フォースとバーニング・レスキューは活動現場と職務が被り気味なのと、両組織のリーダーが犬猿の仲なのもあって対立しているが、それはあくまで私怨レベルの話であり司政官・クレイとしては(表向き)どちらもイーブンに扱っているのだと思っていた。

が、それは違ったのだ。クレイは露骨にレスキューをないがしろにしていたし、それをレスキューも察していたのだ。

 

 

政略結婚でやってきたガロは歓迎されない

クレイのコネを使って入ってきた「バカ」の方のガロに、レスキューの皆は冷たかった。

これは当然命を張る現場で、非正規ルートで入れてもらった勘違い君に邪魔されてはたまったものではないと言う、危険な現場の仕事ならではのプロ意識に由来するとは思っている。

が、前述の通りバーニング・レスキューがクレイに対して(冷遇故の)反感をいただいていたのなら、その見え方は少し変わってくる。

前回の記事で、「クレイは色んな問題を混同する人」みたいな事を書いた。この「色んな問題を混同する」が、この時点でレスキューの皆にも働いていたのだと思う。

 

つまり、

・自分たちがクレイに蔑ろにされていること

・ガロはクレイのコネで入ってきて、見た目と素行からしてバカであろうということ

上記二つからの推測で

・ガロは優秀枠(飛び級枠)ではなくバカ枠(クレイのコネ作りのための対価)であり、自分たちは人員不足な上に、クレイのコネ作りのための対価の支払いだけ押し付けられた

と判断し、その不満の矛先をガロに向けたのだと思われる。

 

これ、ガロは何も悪くないのだ。

蓋を開けたらガロが自分で嘆願して入ってきたことがわかるのだが、上記のようなクレイのコネ作りの一貫でガロが入ってきたのだとしたら、ぶっちゃけガロには何もできない。

上が勝手に取り決めたことにガロも従って入ってきただけで、そういう決断(コネを作る対価の支払いを「ガロをレスキューに入れる」と定めること)をするのはクレイとその相手(通常であればガロの父親とかになるのだろう)だ。

そして、恨むべきは「コネ作り>レスキューの職場改善」の決断を下したクレイである。だってガロは政治の道具だ。政略結婚だと思ってもらえれば一層わかりやすい。

 

従って、レスキューが不満の矛先をガロに向けるのは理屈上おかしい。

理屈上おかしいが、心理上としてはよくわかる。逆に、こういう心理がはたらいていないのなら、イグニスがガロの纏を折って「随分と脆い魂だな」と言い放つのは結構やりすぎな気がする。

(これは、映画を見終わった我々がガロの出自と彼の持つ信念の強さを知っているからで、それを知らないなら確かに「ふざけてるのか」と思われても仕方ない気もするが…)

 

 

クレイは悪くないと言えるガロの「愛されている」自信

上記のような心理上の理由で煙たがられたガロは、こう言う。

「クレイの旦那は悪くねえ、俺が無理矢理頼み込んだんだ」

 

このセリフを聞き「司政官にとんでもない奴を押し付けられた」とこぼすレミーが、え?みたいな顔をする。

ここで、意識改革が生まれる。レミーはここに至るまで「ガロが自分の意志でここに来たわけではない=クレイの政治的道具として放り込まれた人形」とガロのことを見ていた。それをガロは否定する。むしろクレイを使ったのは自分なのだと豪語するのだ。

 

クレイが司政官への道を駆け上がっていく際、ガロを助けた美談で注目されたのは確かだと思うのだが、おそらくその時の子供がガロだった、とは大々的に報道がされなかったのだろう。ガロが出てきたらクレイ、みたいなフローはそこまで浸透していなかった。だからイグニスもレミーも「余程のキレ者かバカか」と言ったし、ルチアもピザ屋で「(ガロにとってクレイは)命の恩人なんだっけ?」と聞くし、ガロがわざわざ自分のバックグラウンドを自己紹介のように話すのだ。

ガロといえばクレイ、クレイといえばガロ、が浸透しているなら、キレ者もバカも関係ない。それがガロだからクレイが入れてくる、で察しが付く。

 

だから、ガロは自己紹介した。

今回の人事は完全に自分のわがまま。理事長の息子がコネで入学するのと同じこと。だからクレイが親バカで、その親バカに甘えてわがままを言った自分が悪い。

これは、すごい発言だ。プロメポリスを取り仕切る男にわがまま言って俺が言うこと聞かせました、そう言うことをガロは言っている。間違いなく他意はない。皆がクレイを悪く言うので、違うんだと、それが言いたかっただけだ。悪いのは俺、クレイは優しいから俺のお願いを聞いただけ。

だが、やはりすごい発言だ。これは自分がクレイの特別だと言う自負がないと、出ないフレーズだと思う。というか自分がクレイの特別だと自負しなければ、お願いすらできない。

(実際は、一秒でも早くガロに死んで欲しいクレイが、誘導尋問的にガロにお願い「させた」のが事実だとは思う。けれどガロは自分がクレイに「わがままを言った(言えた)」と思い込めるほどには、自分がそれを言ってクレイに許されるという自負があったことになる)

 

思えば、この時のガロは本当に、なんというか輝いている。纏を折られたのに、溌剌さを一切失わないガロ・ティモスの輝いていることこの上ない。そうなのだ。纏を折られたくらいではガロは傷つかない。ガロの火消し魂はへこたれない。

だってそれが帰属するのは纏ではない。それが帰属するのは、そこではない。

自分のわがままでクレイが叶えてくれた今。自分のわがままをクレイが聞いてくれたというガロにとっての事実。これがガロの足場なのだ。

クレイに愛されているという自身が、ガロを絶対無敵にするのだ。

 

 

クレイが作ったガロとの相思相愛という幻覚、およびその拡散

上記からの構図を整理すると、

・クレイにとって、バーニング・レスキューは人員補充に値しないけれど責任だけはいっぱし以上の事実上死亡率ダントツの窓際部署というかもはや棺桶部署だった

・クレイは何の政治的メリットもないのにガロをコネでバーニング・レスキューに入れた

・上記のコネ入隊はガロの無理矢理のお願いだった

と言うことになる。私がこれを聞いたら、

「クレイ・フォーサイトにとってガロはとても大事な子で、大事な子だからこそ棺桶部署に入れるなんて言語道断で、けれどそのガロの動機が自分への憧れでどうしても恩に報いたいと言って聞かないから、仕方なく首を縦に振ったんだろうなあ」

と邪推するし、世間様からしてもそう見えたのだと思う。

ガロが新人なのに異様に野次馬からエールを送られたのも、これが原因とすれば納得がいく。だってガロは英雄に愛された子供だ。英雄の息子だ。その息子がこれまた人助けに精を出す。嫌いな人がいるだろうか。

 

今になって思い返せば、ガロ「だけ」が表彰を受けたことも、興味深くて象徴的だ。

確かに戦闘で主力だったのはガロだが、あの火災はチームで処理したものだし、バリスやレミー、アイナが救護に当たったからこそガロは戦闘に集中できた。ルチアがマトイ・テッカーを作ったからガロはリオと渡り合えた。そして表彰を受けるのは全員でなく代表なら、それはガロではなく普通で言ったら隊長のイグニスのはずだ。

なのになぜガロ「だけ」が表彰を受けたのか?これを街の人はどうして不思議に思わなかったのか?

クレイ=英雄=ガロが大好きという幻覚を見ている人間からすれば、プロメポリスにとってのレスキューの顔はリーダーのイグニスではなくガロだからだ。

ガロがあれだけエールを一心に浴びていたことからもわかる。ガロのことならわかる市民は大勢いても、イグニスのことを知っている市民はどれほどいるだろうか?

クレイが直々に、しかも主力部隊のフリーズ・フォースを差し置いて表彰するなら、それはもう「ガロ・ティモスしかありえない」というのがあの時のプロメポリス全体が見ていた幻だったのだろう。

この幻が、実に巧妙にプロメポリス全体に拡散されていた。

 

でも、レスキューのみんなは、クレイが幻通りの男ではないことは察しているし、自分たちの部署がクレイにとって窓際なのもわかっている。

だから、ピザ屋でガロが勲章をご機嫌につけていたことに、思いの外誉めそやさなかったのだと思う。彼らはクレイを心からは信頼していない、そして勲章を授かったのはチームとしてのレスキューでもなければ、レスキューのガロ・ティモスですらないことも見えている。あの時勲章をもらったのは、クレイのお気に入りのガロ・ティモスであることも見えてたのではないだろうか。

あの場で誰も不満を言わないのは、ガロ個人がいい奴で、彼が心からクレイを慕っていることもわかっているからだ。これは、彼らのガロへの思いやりだ。

 

それでも、かすかな不信感はのピザ屋に漂っている。

 

もし彼らがクレイを心から信頼しているなら、多分アイナが自分の姉が研究室にこもって何をしているのかわかったものではない、とか言わないだろう。最初はエリスに対する嫉妬かと思ったが、今思うとあれは財団に引き抜かれた姉が得体の知れないことをやらされているのではないかという不信だったのではないかと思う。

レミーも少し呆れたみたいに、ワープなんて夢のようだ、と言う。ルチアが少しバカにしたような大げさっぷりでクレイの栄光の歩みを語る。

 

クレイからもらった勲章を、うっとり見つめるガロだけがあのテーブルで浮いている。

 

ガロは夢を見ている。自分が絶対的にクレイに愛されているという、無意識だけど絶対的な夢だ。

ガロはその夢から自分で醒めることはなかった。だってガロ自体がその夢を疑ってないし、レスキューの皆はクレイ自身に不信はあっても彼のガロへの愛まで疑っていなかったしそれを指摘してやるほど野暮じゃなかった。市民全体だってガロと同じ夢を見ていた。

 

だからガロの夢は醒めなかった。

ただ夢なので、醒める日は必ず来るのだけれど。

 

 

結婚と離婚のジェットコースター

ガロは、スケートの時アイナに語る。自分とクレイの関係を上層部は皆わかっているから、自分の振る舞いには気を付けなければならない、と。

これは、救ったクレイと救われた自分、自分にレスキューの制服を授けたクレイとそれに袖を通した自分、という関係だけを指しているのではないのだと思う。

 

ガロは、側から見て「自分がクレイに贔屓されていると見えている」という認識があったし、自分でもそうだ、という認識があったはずだ。

これは、リオから真実を聞き直談判しにいた際、アポ無し座り込みでクレイの時間をもらえると思っていたところや、自分が聞けば真実を話してもらえると思っていたところからも読み取れる。

つまり、ガロの「自分の振る舞いには気を付けなければならない」は、「”クレイが助けて推薦した男が大したことなかった”という事実を作ってしまうことで、クレイには人を見る目がないとみなされたくない」という意味ではなかった。それでは半分正解で半分不正解だった。

そこには、「自分がクレイの贔屓であるという悪口を言われる隙を作りたくない」という思いもあったと思う。

そしてこんなことが思えるガロは、自分が贔屓にされている自覚があった。贔屓は下世話すぎる。特別、がちょうどいい。自分にとってのクレイは特別だ。そしてきっとクレイにとっての自分も特別なはず。これがガロの足場を作っていたのだと思う。

 

だから、冒頭のガロ・ティモスはあれだけ輝いていたし、マトイ・テッカーという慣れない新装備でも初戦と思われるマッド・バーニッシュとの戦闘で圧倒できたし、リオに身ぐるみを剥がされたって強気でいられた。

火災で全部失った薄暗い過去は、彼に一切の影を落とさない。見捨てられるかもしれないという恐怖も、ガロにはない。何故か?

憧れの大好きな恩人が、誰より自分を見てくれているという絶対の安心感が、ガロにはあったからだ。そしてそれを認めるのが自分だけでなく、周りの誰の目からもそう見えると言う第三者の承認付きで、だ。

彼氏ができていっぱい愛されて自分に自信のある女の子は、絶対無敵で可愛い。フィーバー状態だ。ガロは、そういう状態だった。何が来てもどんとこい、だって俺はクレイに愛されている。クレイの愛を信じている。それがガロの無敵バリアだった。

 

だからそこに絶対的悪意がなくても「バーニッシュはともかくピザ屋の主人を逮捕するのはおかしい」とも言えたし、「バーニッシュは飯を食うのか?」と嫌味も言えた。あるいは、過去に火災で全部を失ったとしても、淀みも腐りもせず輝いていて、マッド・バーニッシュと相対した時に、彼らを自分の過去を壊した憎むべき民族とは見なさず、世間を困らせるテロリストとして相対できていた。

だって、そこには絶対の安心感があった。

クレイ・フォーサイトは自分を愛していると言う安心感だ。愛されている無自覚の自負があるガロ・ティモスは、自分の価値観に疑いは持たない。プロメポリス市民お墨付きの、その絶対無敵の信頼関係が、彼の胸の勲章なのだから。

 

だからこそ、ガロにとって「旦那と呼ぶな」とクレイに殴られ拒絶されたことは、凄まじいショックだったはずだ。

 

ガロは絶対無敵の勲章をクレイに突き返したが、それでも自分とクレイを結ぶ物を信じていた。それがなくても自分とクレイは繋がっている自信があったからガロは勲章を返せたし、真実を追求することができた。

それが、全部ひっくり返された。そこにあったと思っていた絶対無敵の愛は「目障りだった」の一言でぶち壊され、過去まで遡って全て帳消しにされた。

 

クレイは俺の英雄だったのに、とガロは泣く。

私はこれを最初に見た時、彼の中の理想のクレイが壊れてショックだったのだろうな、と表面をなぞって解釈した。そして彼の理想のクレイとは、誰であっても等しく手を伸ばす、「みんなの」英雄だと思っていた。

今、世界の人口がいくらか調べたのだが、四捨五入して76億だった。ここがベースとし、大炎上で人口が半分になったとして38億。ガロは、自分が38億分の1である自覚があるのだと思っていた。

 

でも、違った。

建前的な自覚はあったのかもしれないが、彼の本音は違ったのだ。

 

38億を取りこぼさないはずのクレイが1万人しか選ばないことじゃない。38億を取りこぼさないはずのクレイがバーニッシュを犠牲にすることじゃない。ガロが取り乱したのは、そこじゃない。

それを聞いた時、ガロはクレイを諭していた。クレイ「だけ」では1万人しか救えずバーニッシュを犠牲にするしかないなら、自分「が」根源的な問題を消し去って見せるとガロは言った。

 

ガロは、どうしてこんなことが言えたのか?

あらゆる手段を検討し尽くして、1万人を救ってバーニッシュを見殺しにするのがベストと言い切った憧れの英雄であるはずのクレイに、自分がマグマを消化するなんて強気なことがどうして言えたのだろう?

クレイが言うならそうなんだろう、とはならなかった。なんだったら、間違ってるクレイは俺が正さなきゃ、くらいの能動性があった。

 

それはやっぱり、クレイにとって自分は38億分の1ではなく、1分の1だとガロが自負していたからではないか、と思うのだ。

 

あの時のガロにとって、クレイは「"俺の"英雄」だったし、多分「"俺の"クレイ」だった。ガロの中のクレイは1分の1で、「ガロの中のクレイ」にとってのガロも1分の1だった。ガロからすればそこには確かな絆があって、その絶対の自信がガロにはあった。だから、ああやって言えた。

 

ガロがクレイに殴られ拒絶された時に失ったのは、自分の中の理想のクレイ・フォーサイト、なんてちゃちなものではない。

火事で一度自分の人生にリセットがかかったガロが、あの火事があった日以降、あの実験場に連れてこられたあの日あの時まで培った全部が、よりにもよってその基盤になっていたはずの人の手でぶち壊された。

立っていると思っていたはずの場所には何もなくて、愛し愛されている絶対の自信があった人に、目障りだったと否定され、一方的に理由もなく拒絶され、入れていると思っていたテリトリーから一瞬ではじき出された。

全部失ったものを、全部埋めてくれたと思った人が、その埋めたものは嘘と偽りだったと怒鳴って全部抜き取って行ってしまった。そういう絶望的なまでの喪失が、あの時のガロにはあったと思うのだ。

 

私は、自分でも下世話な妄想だと思うのだが、ガロがクレイから勲章を授かる時、結婚式のようだと思った。

 

与えるにふさわしいクレイと、与えられるにふさわしいガロを、プロメポリスの全市民が見守っていた。

ガロは、授与式の時、襟付きの紺の制服を着ていた。でもピザ屋では、黒のTシャツと赤いニッカポッカを着ていた。少なくとも、ガロは一回着替えた。お色直しだ。着替えたけれど、あの勲章は外さず付け直した。いつも上半身裸のくせに、勲章をつけるためにTシャツまで着て、勲章を付けた。

当たり前だけど、嬉しかったのだ。あの勲章はガロにとって金メダルだし、エンゲージリングでもあった。これからもプロメポリスを守ってくれと、プロメポリスの司政官に告げられる。プロポーズを受けたのだ。嬉しくないわけがない。あれがガロの幸せの絶頂だった。

 

そんなプロポーズを受けてまで授かったエンゲージリングを返すに至ったガロの勇気と、それでも自分とクレイは何とかなると信じたガロの愛が、あのクレイの左手の拳で全部ぶち壊された。

驚くエリスと対比するみたいに、全く動揺を見せず全部知っていたみたいな顔をした秘書のビアルが、どことなくガロと似ていることを私はどうしても無視できない。

彼女はあり得なかったはずのガロのシャドウなのかもしれないが、なんとなく、クレイの浮気相手の隠喩なんじゃないかと思うようになった。

ガロを愛しているふりをしながら、クレイはずっとガロを憎んでいて、どことなくガロに似ている女を秘書にして、ガロの全く知らないパルナッソス計画を進めていた。

 

浮気と言ったら、クレイに申し訳ないかもしれない。

だってクレイに言わせれば、彼は最初からガロを愛していなかったから。ガロが勝手に騙されていただけなのだから。

 

 

最愛の人に嫌われても自分を愛せるガロと誰にも嫌われていないのに自分を愛せないクレイ

 

結婚と離婚のジェットコースターを食らったガロ。ここまできたら、ガロは正負が反転して凄まじいほどの執着をクレイに見せても良いと思う。

 

でも、ガロはそうじゃない。

そして私がプロメアを何回も見る理由は、多分ここにある。

 

ガロは、クレイに裏切られても、クレイに縋らない。

クレイから奪われた愛を、返せとクレイに迫らない。あるいは、誰かに補ってくれと訴えない。

確かにリオがガロを守ってくれるが、それは話の終わりも終わりだ。リオがガロを守ったのは、自暴自棄で憎しみに囚われ暴れ狂うリオ、つまり全く自分に歩み寄って来ない状態のリオに、ガロから歩み寄ったからだ。クレイに裏切られて目障りとも言われ愛をごっそり抜かれて憎悪をぶちまけられてから一週間で、ガロは愛にすがるどころか愛を撒く。

 

ガロは、クレイに自分を嫌う理由も問わない。

拒絶された直後こそ、なんでだと泣いたが、その後、どうして自分を裏切ったとか、自分は何が悪かったかとか、そういう「何故」はもう聞かない。

 

クレイなんか嫌いだ、とも言わない。

むしろ、あんたも助けるとガロは言う。「あんたも助ける」はガロにとっての「清算」だ。クレイが裏切ったこと、クレイがあの日炎を付けたこと、そのわだかまりとそれによって負った傷は、少なくともこの場ではチャラだ。そういう意味だ。

これは、言い換えるなら「特別じゃない」とも取れる。ガロはレスキューなので、生きとし生けるものが目の前で命の危険に晒されているなら、それが何であろうと救うのがモットーだ。別に1分の1じゃなくていい。38億分の1ならガロは助ける。リオでも、地球でも、クレイでも。

お前が俺にどんなことをしたって、お前は俺の38億分の1。それがあの「助ける」に詰まっているのではないか?

 

それを言われて、クレイは「私を?」と呆けたように言った。

クレイはガロの人生をぐちゃぐちゃにしたし、目障りだと怒鳴りつけたが、クレイにとってのガロは全くもって38億分の1ではなかった。1分の1だ。ガロという存在は、クレイの中で何者にも代えられなかった。でなければ、あの異常なまでの悪感情がガロに向くはずもない。

下手をすると、ガロの代わりがいないどころか、クレイにとって自分を除いた世界はガロ・バーニッシュ・それ以外の3択になるかもしれない。それほどクレイにとってガロは存在として大きい。ただしベクトルは負だ。

 

そんなガロから言い放たれたのだ。お前は38億分の1。びっくりだ。それは呆ける。

幼い彼の家を焼き、恩人のふりをし嘘を吐き続け、その死を願ってレスキューに入れ、かつその行いがまるで彼を贔屓するかのように錯覚されるよう上手いこと使い、衆人環境で擬似的な結婚式まで挙げて自分と彼の絶対的な信頼関係をアピールし、それを一番効果的な方法でぶち壊してやった。

そこまでやった。多分、知らないうちに殺すより絶対酷い。考えられる最悪の嫌がらせと言っても過言じゃない。

そこまでやった。

あるいはそこまでやってしまった。

全く意図しないのに運命のいたずらで結果そうなってしまった部分はあるかもしれない。でもガロがそれだけの傷を負ったのは事実。自分がガロに死ねと炎を吐いたのも事実。

なのに、それでもクレイはガロの38億分の1

からのパンチ。キスでもハグでもない。本気のグーパン2発だ。

私はこれを見て、これは「特別じゃない」愛だ……と思ってしまった。ガロは、ついに気づいてしまったんだな、と思った。

 

ガロは、クレイに縋らなくていい。縋る必要が全くない。

自分のことを台無しにする人に、執着する必要はない。時間の無駄。付けられた傷をいつまでも眺めてほじくり返して膿ませるくらいなら、唾でも付けて放っておけばいい。

自分に酷いことをしたって、それに支配されたりなんかしない。誰かの悪意で、自分が堕としめられ、変えられることはない。

ガロにはその強さがある。

 

なぜか?それは、自分を愛せるからだ。

自分を愛せる人は、自分を大事にできる。自分を大事にできる人は、自分がダメになることをしない。人を傷つけたり、貶めたり、阻害することは、巡り巡って自分をダメにする。だからガロはそんなことはしない。その善のループが無意識で回せるのが、自分を愛せる人だ。

 

だから、ガロは言える。

「俺は助けるぜ、リオも地球もあんたもな」

と。

ガロは自分が大事にできるから、みんなを大事にできる。みんなを大事にできるから、クレイも大事にできる。助けられる。

 

そしてガロは、自家発電で自分を愛せる。

クレイが自分のことを嫌いだと言って、与えられていたと思っていた愛が全部ごっそり持って行かれても、ガロの自愛のループは止まらない。回り続ける。

多分これは、ガロの個性だ。外部の影響に左右されない、ガロが持つ絶対無敵の生まれながらに持っている最強の武器だ。クレイに家を焼かれても消えない才能。もしかしら、これが救世主の才能なのかもしれない。

だから、あの日結婚と離婚を一遍に味わってジェットコースターみたいな落差で地面に叩きつけられてもそれで病んだり闇落ちしたりはしない。なんだったらエリスに愛の説教をかます。アイナとエリスに愛を撒く。

ガロは気づいてしまった。ガロが絶対無敵なのは、クレイの愛があるからじゃない。クレイの愛がなくたって、ガロは自分で自分を大事にできて愛してやれるから、自分に自信があって、迷いがなくて、信念は貫くものだし魂は折れないものだとニッカリ笑えるのだ。

ガロはガロだから無敵なのだと、ガロは気づいてしまった。だからクレイにグーパンがかませた。みんなに振りまくみたいな、38億分の1の愛をクレイに渡せた。1分の1の幻のクレイからの卒業だなあ、と思った。元気な卒業だ。ああ気づいてしまったんだね、と愛しくて悲しくなった。

 

 

なるほど、クレイには相当きつかったはずだ。

だってクレイは誰にも嫌われていないのに全く自分を好きになれない男だからだ。

ガロが自己愛の男ならクレイは自己嫌悪の男だ。それは、もう字面その通りでガロが殺したいほど憎かったに違いない。なにせその終わりのない自己嫌悪のループのきっかけが、自己愛の男のガロであっただけに。

その自己愛の男を自己嫌悪の同族に堕とせたら、クレイは嬉しかったのだろうか。クレイなんか死ねと叫ばれたら、クレイは高笑いが止まらなかったのだろうか。

最初はそうでも、多分長い目で見てそんなことはないんだと思う。そんなことで幸せになれるならクレイは最初からガロを殺している。

だから、やっぱりあのグーパンはクレイの助けだし、ガロの38億分の1の愛だった。クレイが黙って大人しくしていれば、ガロはクレイを手に掛ける必要はないし、クレイもこれ以上ガロを傷つける必要もないので。

でもガロは、キスでクレイのうるさい口を塞ぐ、みたいなことはしてくれない。グーパン2発の気絶で黙らせる。だってキスでうるさい口を塞ぐ相手は1分の1の相手だ。クレイは38億分の1だからそんなことしなくていい。

 

少なくとも、あの時は。

じゃあ、これからは?

 

クレイとガロが和解できることはあるのか?

こればっかりは、もう本当にわからない。

そもそも、クレイとガロがお互い和解しあいたいと思っている確証も得られない。ガロがいるだけでクレイは自己嫌悪という傷を己に刻んでいったし、クレイはもっと明示的にわかりやすくガロの人生を壊してきた。

 

非バーニッシュとバーニッシュが手を組んで、プロメアが消えて、それでもクレイとガロは和解しなくても良い(明確な和解描写がないまま映画は幕を閉じでもいい)、というところにプロメアの良さがあると思っている。多分クレイとガロが和解していたら私はこの映画にハマっていない。

 

でも私が、二人が和解してくれたらいいのにと思う理由はわかっている。自己嫌悪のクレイがガロと和解したいと思うなら、ガロがクレイからもらったと思った愛が、嘘じゃないはずだからだ。それはガロの勘違いではなかったと、そう思いたいんだろう。

が、それが嘘じゃなかったとしても、それがガロにとってプラスなのかと言われたら、マイナスなんだと思う。だって愛していたのも本当でめちゃくちゃに傷つけたのも本当なんて、こんなの残酷だし勝手だ。

 

だから、クレイが本当にガロを愛していたなら、自分がガロのことを愛していたとは絶対に言わないんだろう。全部嘘だったし目障りなのは本当でさっさと死ねと言うんだろう。それがクレイがガロに与えてやれるなけなしの愛だ。

それをガロがどう思おうが全く勝手だ。字面通り受け取って、へえへえそうですかと二度と顔を合わせない方がいい。それが普通だ。こんなこじれ切った男を相手にする理由が、ガロにはない。

 

そのくせ、クレイのわかりにくすぎる愛にガロがどうか気づいてくれないかと妄想を止められないのは、認めたくないんだが私がクレイ・フォーサイトが相当好きだからなんだろう、と思う。

わかってはいたが私はクレイが相当好きだ。でもガロも相当好きだ。ああ困った。

 

この、ああ困った、がクレイとガロに夢中になる理由なのだ。

クレイの言葉を借りるなら、本当にもう、度し難い。

 

全て一緒くたにするクレイは救世主になれない

 先日5回目のプロメアをキめてきた。5回見て、5回目にして「ん?」と疑問に思った箇所があり、それを整理したい。

 

 私は、ガロが終盤(地球もリオも含めて)クレイを助ける、と言ったことに、とても疑問を感じている。

 これは、「どうして自分にひどいことをした人を助けるなんて言えるんだ?!」という疑問ではなく、そういうセリフが出た割には、本編中でガロが直接的にクレイを救ったな、と感じられるシーンがそれ以降ないからだ。

 

 リオを人工呼吸で救出後、確かにガロはリオと組んで宇宙を完全燃焼させ地球を救ったのだが、それがクレイを救ったのか?と思うとどうにもしっくりこない。

 確かにクレイのプロメテックエンジンによってプロメア暴走が激化し、地球の破滅までのリミットが相当縮まったんだろうな、と読み取れるだけの描写はあったと思うので、ガロが地球を救ったことで「クレイに地球を"壊させなかった"(=これ以上彼が罪を重ねることから救った)」という、尻拭い的救済は成されたと思う。

 が、私はクレイが真に人類を救いたいとか、真に地球を守りたいとか、そう思っていた、とはあまり考えられない。なぜなら彼がもし本当に人類を救いたいと思っていたなら、1万人どころか地球込みで全人類を救ったガロに泣いて礼を言うはずだからだ。

 しかしクレイは、礼を言うどころか(ある種の朗らかさがあった上に、話の表の文脈はプロメアが消滅しバーニッシュと呼ばれる特異的な人々はいなくなった、だったとは言え)「余計な真似を」と言うのだ。彼が「本気で」人類を救いたいと思い、人類を救うことが至上命題だったなら「余計な真似を」とは言わないと思うのだ。少なくとも、人類が救われればクレイが救われるほど、クレイは人類愛に満ち満ちた人ではないと思っている。なので、地球・人類救済=クレイを救う、にはならない。

 

 だったら、なぜガロはクレイを助けると言ったのか?これは、クレイを救済するという意味ではない、少なくともそれ以外の意味があって出て来たセリフなのではないか?という疑問が湧いたのだ。

 

 結論から言うと、これは全てを一緒くたにするクレイは救世主になれず、奇跡的に「それはそれ、これはこれ」をやり抜いたガロこそが奇跡を起こすにふさわしい救世主だった、という描写なんじゃないか、と思ったのだ。

 

クレイは色々な問題を混同して扱う人である

 クレイは一見超合理的で感情に流されない冷徹さを持つ雰囲気があるが、彼は色々な問題を混同し、全部一緒くたにしてしまう人なんじゃないか、と思っている。それが見て取れるのが、彼がガロを嫌う理由だ。

 

 クレイは本性を表した際、ガロが目障り(なので嫌い)で、死んで欲しいと思っていたがなかなか死なず、自分の思い通りにならなかった(ので嫌いだ)、というように受け取れることを言っていたと記憶している。

 クレイにとって、ガロは具現化した罪そのものだ。クレイがプロメアの暴走を止められず焼いてしまった家、その火事の生存者がガロである。あの火事でどれだけの人がなくなったのかは不明だが、少なくともクレイはガロに火事という恐怖体験を強いたし、普通に殺人未遂で、もしあの火災の生き残りがガロだけで家族他住人が全て死んでいたとしたら殺人だし、ガロを天涯孤独に追い込んだことになる。

 そういう、人の人生を台無しにしたという罪の生き証人がガロである。だとすれば、ガロが何も知らずクレイを慕えば慕うほど、クレイに良心があればあるほど、それは地獄だったはずだ。

 

 が、よく考えるとこれは「ガロを嫌う理由」としてはおかしい。

 上記の通り、ガロは別に何もクレイに危害を与えていない。むしろ危害を与えたのはクレイの方だ。クレイがガロを嫌いになる正当らしい理由は皆無で、クレイの言っていることとは

「ガロを見ていると自分の嫌なところを突きつけられた"気がする"から、ガロのことを見ていたくないし、死んで欲しい」

とほぼ同義だと思う。

 さらに、クレイは上記のような八つ当たり理論を自分がいけしゃあしゃあと言っている自覚がないと思う。(あったとしたら、人類の救世主を自負するクレイ的に相当恥ずかしいはずだ)

 つまり、クレイは自分の罪悪感と、その罪悪に関連するガロを「一緒くた」にしてしまっているし、無意識でこの思考回路にハマっているのだ。

 この一緒くた思考回路はバーニッシュに対する憎悪にも当てはまる。クレイはバーニッシュを相当嫌悪し、およそ人道的に許されるとは思えないプロメテックエンジンをワープゲートの動力として採用している。リオは「同じ人間なのに(クレイはバーニッシュに人体実験等非人道的行為をはたらく)」と零すが、クレイにとってバーニッシュはおよそ人ではないんだと思う。それくらい憎悪している。

 が、作中クレイがバーニッシュをそこまで憎まなければならない理由がない。例えば、大炎上の際に家族をバーニッシュ火災で無くして天涯孤独になったとか、そういうバーニッシュがクレイに危害を与えた、という描写があればわかるのだが、そういうものはない。

 あるとすれば、それは「プロメアの誘惑と常に戦わなければならない自分自身の置かれた状況、およびその誘惑に負けてしまった過去の自分の罪」への嫌悪だ。でも、これはクレイ自身の問題で、プロメアへの憎悪の理由にはなっても、他のバーニッシュを恨むのは筋違いだ。

 ここでも、クレイの一緒くた思考回路がはたらいている。バーニッシュである自分自身、あるいはプロメアへの憎悪が、なぜか他の全く罪もないバーニッシュに転嫁されてしまっているのだ。

 自分嫌いの感情が、知らない間にその外縁に位置する事象や人に飛び火して、そっち側に激しい憎悪が向いてしまうのがクレイだ。事象と事象の境界どころか、下手をすると自己と他者の境界すら融解し混同し、全て一緒くたにしてしまっているのだ。

 こうやって書くとクレイが相当やばい奴に見えるが、これはクレイがこの性質を持った上で相当のキレ者で実行力があり有能だからであって、この 「全て一緒くたにしてしまう」性質というのは凄くありふれている。

 例えば、明日は遊園地に行くことにしているのに天気予報でキャスターが雨だと言った時、「ええ!」と天気予報に苛立ちを覚えたりしないだろうか?天気予報は一定のルールに準じた予測結果を述べているだけだし、雨が振るのも自然の摂理に従っているだけで、誰もあなたの明日の予定を阻害してやろうとして雨を降らせているわけではない。だけど、それを口にしたキャスターに、その結果に、イラっとしないだろうか?何でそんなこと言うの、と一瞬でも思ったことはないだろうか?

 原理的には、これとさほど差はないと思うのだ。それが過激に描かれているのがクレイ・フォーサイトなのではないだろうか。

 

 

ガロは徹底的に「それはそれ、これはこれ」の思考の人

 一方のガロは、「それはそれ、これはこれ」が徹底している。ガロの「それはそれ、これはこれ」描写で「すごいな」と思うのが、「”バーニッシュも飯を食うのか?”の撤回」と「バーニッシュをむやみに殺すな」発言だ。

 

 まず、前提としてガロはバーニングレスキューだ。相当の新人で、現在7月31日までGYAO で見られる前日談から何日後が本編なのか不明だが、クレイが「バーニングレスキューに入れたのに全然死なない」と怒っていた上に、本編でも景気付けと言うなのファンサービスをして野次馬から声援をもらっていたことを見るに、彼が現場を数度以上経験するくらいの間はあったのでは?と思っている。

 

※もしガロ編をまだ見ていない人がいたら、このブログはどうでもいいから早くガロ編を見て欲しい。

gyao.yahoo.co.jp

 

 話を戻して、以上からガロは「バーニッシュの火災で被害を受ける人々」を目の当たりにしているし、そのバーニッシュの火災に命がけで飛び込んでいく仕事をしているわけで、そんな人間からすれば「バーニッシュも飯を食うのか?」という台詞が飛び出ても仕方ないと思っている。

(私は、これはリオの「燃やさなければ生きていけない」という、放火が生命維持に不可欠とも取れる台詞を汲んでの皮肉だったのではないかと思っている)

 これに対してリオは、バーニッシュを何だと思っている、同じ人間だ、と憤慨する。憤慨したくなるリオの気持ちはわかるものの、彼も視野が狭い点では「飯食うのか」発言したガロと同レベルだ。

 バーニッシュはむやみに人を殺さないとリオは豪語するが、それはあくまで彼に賛同する同胞の「意志」であって、バーニッシュの炎は現に発生すれば物を壊すし人を殺す。

 アメリカは銃社会で自分の銃を持っている人が大勢いるが、当然アメリカの全ての人が銃を乱射するわけではないものの、だからと言って「僕たちは銃を護身用に持っていて、向こうが危害を加える意志がない限り無闇にそれを行使したりはしない。それなのに僕たちを人外扱いするのはおかしい」と”銃乱射事件専門で出動する機動隊”(しかももしかしたら過去銃乱射事件で家族を喪ったかもしれない人)に言い放つのは、なかなかどうして、リオたちバーニッシュが人外扱いされるのと同じくらい酷ではないかなと思うのだ。

 

 がしかし、ガロのリアクションは驚きのものだ。「悪かった」と自分の発言を撤回するのだ。私は、ええ、と驚いた。ガロの、火事から救われたというバックグラウンドがなければわかるのだが、彼だってバーニッシュ火災の被害者なのにその潔さは何だ?と驚いた。

 さらに驚きなのが、ガロはこの後クレイがバーニッシュに人体実験しているという、自分が信じて敬う人への侮辱(しかも放火魔の親玉の発言)を無視せず、事実確認しに行く。そしてそれが本当と分かるや否や、「バーニッシュだって人間だ、無闇に殺すのはおかしい」とクレイを説得しにかかる。

 ええ?!となった。バーニッシュが人間なら、ガロだって人間だ。ガロはその同じ人間というバーニッシュの無闇な放火で命を落とすところだったしもしかしたら家族だって死んでいそうなものなのに、その台詞が出るってどういうことだ?と。

 

 これが、ガロの徹底的な「それはそれ、これはこれ」なのだ。自分が過去火災で死にそうになったこと、自分がレスキューとしてバーニッシュ火災と命がけで戦っていること、バーニッシュは特異的な性質を持つ人であること、彼らがその性質を持つと言う理由だけで殺すことは間違っているということ、これらの事象や言い分、考え方は、ガロの中で全く矛盾しない。ガロは直接的因果関係のない事象を感情に任せて混同させることはしない。

 多分、いろんな人はガロのこの性質を「バカ」とか「能天気」だと言うんだと思う。なぜなら、ここまで徹底した「それはそれ、これはこれ」は並大抵の人では無理だからだ。バカと天才は紙一重というが、まさにこれだ。人は自分が理解できないものに名前をつけて枠外に押し出す。バカも天才も、そう言う点では大差ないのだ。

 

 

クレイも助けられるからガロは奇跡が起こせる

 冒頭で掲げた問題に戻る。

 ガロは終盤、「自分が命を落としそうになった火事の原因はクレイであり、クレイはそれを秘密にして自分がガロを助けたことにして好感度を取りに行った挙句、自分のことを目障りだと思って終始その死を願っており、レスキューに入れたのも職務中に死ねと思ってのことで、実際自分のことを殺そうとして炎を放ちパルナッソスから突き落とした」ことをわかった上でクレイに「あんたも助ける」と言ってのけた。

 これはどういうことかというと、クレイがどれだけ人道に反した人間であり、どれだけ自分に過去危害を加え、どれだけ自分のことを嫌悪する人間だったとしても、「それはそれ」であり、彼が生きている以上命を落とさないよう助けなければならない「これはこれ」とは矛盾しない、と言う意味だ。

 クレイは、このガロの理論が全く理解できなかったから「私を?」と拍子抜けしてしまったのだと思う。それはそうだ。あんな理由でガロを嫌ってきたクレイが、理解できるわけがないと思う。

 この、一種神にも似た奇跡のような「それはそれ、これはこれ」が成せるからこそ、ガロはリオと組めたし、地球を救えた。一方で、あんな奇跡じみたことが起こせなければ、クレイのパルナッソス計画で1万人を救う方法しか有効な手立てはなかったのも事実だと思っている。

 奇跡はフィクションでしか起きないけれど、理由なき奇跡は面白くない。だからこそデウスエックスマキナ、もとい機械仕掛けの神はあれだけダサかったのだと思う。

 フィクションで、ありえない奇跡だからこそ、その結末はありえない奇跡から起こってほしい。じゃないと、クレイ・フォーサイトの決死のパルナッソス計画は何だったんだ?と思ってしまう。どうしてクレイ・フォーサイトではダメだったのか?とやるせなくなってしまうではないか。

 故に、ガロは「あんたも助ける」とクレイに言ったのだと思う。なるほど、八つ当たりじみた気持ちで死ねと炎を吐いた大人、それでもあんたも溢さずもれなく助けると言ってのけた子供。そこに奇跡が起きないんだったら、それこそダサいなと誰もが思えたはずだ。

 

 なので、ガロは物語の終盤で変にクレイにすり寄ったり和解を思わせるようなそぶりをして「助ける」を匂わす必要なんかないのだ。だって、助けたい人間と好意を寄せる人間を等号で結ぶことは「それはこれ」なのだから。

 ガロは「それはそれ、これはこれ」だ。ガロがクレイを助けると言ったことが「それ」なら、クレイがガロを傷つけたことをガロがどう解釈するかは「これ」だ。「それ」と「これ」の感情の符号がプラス・マイナスで真逆だったとしても、「それ」と「これ」は別だからいい。

 だからエンディングにクレイとガロの明確な和解の描写はなかったし、あってはいけなかったのでは?と思うのだ。

 好きじゃなくても助けていい、助けた人を嫌ってもいい。だから、嫌いだから助けない、はいけないし、嫌いなことが助けない理由にはならない。それがガロの「それはそれ、これはこれ」だと思うので。

 

それはそれとして

 ここまで書いておいて何だが、私はクレイとガロの和解エンド「も」見たかったな〜〜〜〜〜〜という人間である。なので、ここまで書いておいたことはそれはそれとして、和解エンドはこれはこれなので元気に妄想しようかなと思う次第だ。